
グローバル金融リスク管理入門
文書情報
著者 | 有馬敏則 |
instructor/editor | 竹村惰一 先生 (大分大学名誉教授) |
学校 | 滋賀大学経済学部 |
専攻 | 経済学 |
文書タイプ | 研究叢書 |
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 7.21 MB |
概要
I.増大する金融 経済リスクと対応
本稿は、金融リスク(信用リスク、流動性リスク、金利リスク、為替リスクなど)、経営リスク、財務リスク、カントリーリスク、システムリスク(サイバーテロを含む)、そして環境リスクや健康リスク(地球温暖化、新型感染症など)といった多様なリスクの増大と深刻化を論じています。特に、金融機関の破綻や企業倒産、そして阪神淡路大震災や三宅島火山爆発といった自然災害が、これらのリスクを顕著に示す事例として挙げられています。これらのリスクへの効果的なリスク管理の必要性が強調されています。
1. 金融機関の破綻と不良債権問題
金融リスクの増大は、特に金融機関の相次ぐ破綻という形で顕著に現れています。 不良債権処理の遅れが債務超過を招き、経営破綻に至ったケースが多数発生している点が強調されています。これは、信用リスク、流動性リスク、金利リスク、為替リスクといった様々な金融リスクの管理に失敗したことによる結果だと分析されています。 これらのリスク管理の不備は、金融システム全体への悪影響を及ぼし、深刻な経済問題へと発展する可能性を示唆しています。 具体的に、不良債権の増加による金融機関の経営悪化と、その連鎖反応による更なる金融不安の拡大が懸念されています。また、この問題の解決には迅速かつ適切な不良債権処理が不可欠であると同時に、予防的なリスク管理体制の構築が重要であることが示唆されています。
2. 企業倒産と経営リスクの増大
急速な経営環境変化への対応が遅れ、経営者のモラルハザードの増大が経営リスクを高め、企業倒産が続発している状況が報告されています。会計上の不正(会計ビッグバン)なども財務リスクの高まりに繋がっている要因として指摘されています。これは、企業の内部管理体制の不備や、不透明な会計処理などが背景にあると考えられます。 これらの問題は、企業の持続可能性に深刻な脅威を与えており、健全な経営体制の確立と透明性の高い会計処理が求められています。 企業倒産は、雇用や経済活動に大きな影響を与えるため、その予防策として、企業経営におけるリスク管理の徹底と、適切な情報開示が重要であることが強調されています。 特に、不完全な情報の下でのリスク管理の不備は、企業倒産につながる危険性を高める重要な要因であることが示されています。
3. 保険会社破綻と不完全情報下でのリスク管理
不完全な情報の下でリスク管理が不十分であったために破綻した生命保険会社や損害保険会社の増加が問題視されています。これは、リスク評価の甘さや、適切なリスクヘッジが行われなかったことなどが原因として考えられます。 保険業界におけるリスク管理の強化は、国民生活の安定にとって非常に重要です。 保険会社は、リスクを正確に評価し、適切なリスクヘッジを行うことで、顧客への信頼を維持し、安定した事業運営を行う必要があります。 また、監督官庁による適切な監督体制の整備も、保険会社のリスク管理を強化する上で不可欠です。不完全情報下でのリスク管理の難しさと、その結果としての企業破綻の増加は、リスク管理の重要性を改めて浮き彫りにしています。
4. 国際情勢と政治 経済リスク
深刻な財務危機や政治危機によるカントリーリスクの拡大と国家破産、世界貿易センターへの同時多発テロリズムによる政治・経済リスクの高まりも指摘されています。高度に情報化されたインターネットシステムのリスクやサイバーテロの脅威も深刻化しています。これらのリスクは、グローバル化が進む現代社会において、ますます重要性を増しています。 グローバルな視点でのリスク管理が求められており、国際的な協力体制の構築も必要不可欠となっています。 株価低迷の中で経営リスクが増大し、証券会社倒産も引き起こされた事実も示され、市場の変動性とそれに伴うリスクへの対応の難しさが強調されています。世界的な規模での政治・経済リスクは、各国経済への影響が大きく、適切な対応が求められています。
5. 新たな環境 健康リスクの出現と自然災害
環境ホルモンや廃棄物被害、地球温暖化、HIV、クロイツフェルト・ヤコブ病、狂牛病といった新たな環境リスクや健康リスクの出現も、深刻な問題となっています。 これらのリスクは、人々の健康や生活環境に直接的な影響を与え、社会全体に大きな負担をもたらす可能性があります。 阪神淡路大震災や三宅島の火山爆発などの自然災害も、社会経済に甚大な被害を与え、リスク管理の重要性を改めて認識させる出来事でした。 環境リスクや健康リスクへの対策は、長期的な視点に立った取り組みが必要です。これには、環境保全への意識の高揚、予防医学の推進、災害対策の強化などが含まれます。 自然災害への備えは、防災意識の向上やインフラ整備といった対策が不可欠です。これらのリスクへの対策は、政府、企業、そして個人が協力して取り組む必要があると認識されています。
II.国際金融情報ネットワークとリスク管理
SWIFTなどの国際金融情報ネットワークの発展は、国際決済の効率化をもたらしましたが、同時に、決済システムのリスクや、国際金融取引における法制度や慣習の違いによる問題も発生させています。各国の中央銀行によるマネーサプライコントロールの難しさも指摘されており、グローバルな観点からの金融政策の必要性が強調されています。
1. SWIFTと国際決済システム
このセクションでは、SWIFT(国際銀行間金融電信協会)などの国際金融情報ネットワークの発展と、それに伴うリスク管理の課題について論じています。SWIFTの国際的なネットワークの拡大によって、国際間の電子資金移動が効率化されました。1981年3月末時点で、34カ国796行がSWIFTに参加し、邦銀も多数接続を開始しました。オランダ、ベルギー、アメリカに設置されたオペレーティングセンター(OPC)と、リージョナルプロセッサー(RPC)によるメッセージ処理システムについても言及されています。ただし、システムの頻繁な変更により、最新のネットワーク図は不明瞭であるとされています。SWIFTは加盟行への様々なサポートを提供することで、システムからの利益最大化を図る環境づくりに努めていると説明されています。しかし、国際間の電子資金移動における決済時点、事故発生時の責任や賠償問題といった、国際金融取引に関する法制や習慣の相違から生じる問題が課題として挙げられています。将来的には、居住者間の取引であっても、外貨預金を用いた国外決済が増加する可能性が示唆されており、中央銀行のマネーサプライコントロールが困難になる可能性も懸念されています。
2. 決済システムの公共財的側面とリスク
国際決済システムの多くは公共財的性格を有しており、その安全性維持には民間経済主体の自由競争だけでは限界がある可能性が指摘されています。そのため、中央銀行等の公的指導性の発揮がますます重要になってきています。個々の決済サービスは私的財とみなせるものの、その基盤となる決済システムは公共財として捉えるべきであるという考え方が示されています。決済システムの安全性確保のためには、民間セクターだけでは対応しきれない部分があり、政府や中央銀行による規制や監督の必要性が増していることを示唆しています。また、米国のATMやEFT-POSの導入状況、デビットカードの普及状況なども、決済システムの現状を示す事例として言及されています。2001年時点ではデビットカードの利用率は低かったものの、若年層の購買力への期待も示唆されています。コンピューターに保存された個人・企業情報の漏洩リスクへの対応も遅れている点が指摘されており、災害時対応計画(コンティンジェンシープラン)の策定が不可欠であることが強調されています。この計画は自然災害だけでなく、事故、単独災害、システムトラブルなども考慮する必要があるとされています。
3. 国際金融ネットワークと金融政策
国際間の電子資金移動の増加や、SWIFTのような国際ネットワークの発展によって、居住者間の取引であっても、外貨預金を用いた国外決済が行われる可能性が高まっています。このような状況下では、中央銀行のマネーサプライコントロールが自国通貨のみの監視では不十分となり、グローバルな観点からの金融政策の実施が不可欠になります。これは、国際金融市場の複雑化と金融政策の難しさ、そしてグローバルな金融リスクへの対応の必要性を示しています。国際的な金融政策協調の必要性も改めて示唆されています。 特に、基軸通貨国であるアメリカと、非基軸通貨国である日本の金融機関の立場や対応の違いが説明されています。アメリカは国内金融市場や連邦準備銀行に頼れるのに対し、日本は国際金融市場での債務の借換えに依存せざるを得ない不安定性を抱えている点を指摘しています。この不安定性の回避には、円建貸付の比重を高めるか、外貨建中長期負債の比重を高める必要があるとされています。
III.金融のグローバル化とリスク管理
日本の銀行の国際化の過程において、海外進出(海外支店、現地法人設立など)に伴い、金利リスク、流動性リスク、信用リスク、為替リスクといったリスクが拡大しました。特に1970年代後半から1980年代にかけて、ユーロダラー市場の急拡大とシンジケートローンのブーム、そしてメキシコ危機などのカントリーリスク問題が、日本の金融機関に大きな影響を与えました。これらの経験から、リスク管理の重要性と、自己資本比率規制(BIS規制)への対応が論じられています。1989年6月末時点での邦銀の海外進出状況(支店267、現地法人246、駐在員事務所426)といったデータも示されています。
1. 日本の銀行の国際化と海外進出
このセクションでは、日本の銀行(邦銀)の国際化の過程と、その要因、そして段階的な発展について詳細に説明しています。第二次世界大戦後、1952年に講和条約発効とともに再開された邦銀の海外進出は、当初は限定的でしたが、1970年代後半から日本経済の国際化の進展に伴い急速に拡大しました。1971年には長期信用銀行、1973年には信託銀行、1975年には地方銀行が海外支店を開設するようになり、バブル経済ピーク時の1989年6月末には、邦銀の海外進出は支店267、現地法人246、駐在員事務所426にまで達しました。この海外進出の背景には、顧客企業の海外進出への対応、国際金融中心地での活動参加、日本の資本輸出と円の国際化の進展、そして通信・コンピューター技術の発展などが挙げられています。邦銀の国際化は、アメリカ商業銀行の国際化を参考に、貿易金融主体、海外向け中・長期貸付への進出、フルサービス・バンキング展開という3~4段階に分類できると説明されています。ただし、イギリス系海外銀行の歴史を完全に包括できないという指摘もあります。
2. 国際業務の多様化とリスクの増大
国際業務の多様化は、銀行に海外支店、現地法人、駐在員事務所の設立、海外他行との提携といった海外進出を促進させました。しかし同時に、金利リスク、流動性リスク、信用リスク、為替リスクなどのリスクも増大させました。このため、国内外の拠点を統括したリスク管理情報の充実が強く求められるようになりました。 1970年代後半から1980年代にかけては、ユーロダラー市場の急拡大やシンジケートローンのブームがあり、邦銀も積極的に参加しましたが、メキシコ、ブラジルなど大口債務国の対外支払困難問題が相次いで発生したことで、邦銀の与信態度は慎重になりました。1984年以降は先進国向け貸付を中心に増加しましたが、カントリーリスク問題や自己資本比率規制の強化への対応が必要となりました。シンジケートローンは変動利付債(FRN)や短期証券の引受ファシリティ(NIF)といった新しい金融商品に主役の座を奪われ、ユーロ市場における金融の証券化が急速に進展しました。1987年9月末時点では、邦銀の対外中長期貸付残高は約2030億ドルに達しており、国際業務部門の収益シェアも増加していました。
3. 証券業務への進出と金融の総合化
1970年代以降、ヨーロッパでは証券業務兼営が可能であったため、邦銀は現地に証券業務を行う子会社を設立し、積極的に業務を拡大しました。背景には、外貨債発行の認可、低金利起債の選好、為替リスク回避、ユーロ市場の簡便性、国内国債の大量発行による民間債のクラウディングアウト、そして主要取引銀行による保証などが挙げられています。ただし、大蔵省の指導により、日本企業の公募外貨債の幹事については証券会社系現地法人が優先される「三局合意」があったため、邦銀は主幹事になることができませんでした。それでも、証券業務開始は国際業務の幅を拡大し、収益機会の増大をもたらしました。 1980年代には新たな国際化が進み、急速な円高を契機とした日本企業の多国籍化と機関投資家の対外投資増大により、邦銀・証券会社の国際化が一層促進されました。しかし、「オーバー・プレゼンス」による金融摩擦も発生し、諸外国からの金融開放要求も高まりました。これらの動きは、邦銀・証券会社の国際金融資本市場での競争力強化を反映しているとも考えられます。
4. グローバル化の課題と展望
本邦金融機関のグローバル化においては、新たな金融ノウハウの開発・吸収、金融テクノロジーの充実、本邦企業・機関投資家との取引関係維持・拡大に加え、外国の地場産業・機関投資家との取引強化といった現地化が重要になります。今後の競争力を左右するのは、これらの要素だと考えられます。 債務累積問題の円滑な解決、複雑多岐にわたるリスク管理体制の構築、そして国際水準に達する自己資本の充実が課題として挙げられています。金融機関が直面するリスクとして、信用リスク、金利リスク(所得リスク、投資リスクを含む)、為替リスク、流動性リスク、事務リスク、そして決済システムリスクなどが挙げられています。これらのリスクへの対応が、今後の金融機関の健全な発展にとって不可欠です。金融の総合化、ハイテク化が進展する中、銀行と証券の垣根を越えたリスク管理体制の構築が重要になります。
IV.自己資本比率規制と銀行のリスク管理
BIS規制(自己資本比率規制)は、銀行の健全性を確保するための重要な枠組みですが、リスクウェイトの算定方法などの問題点も指摘されています。不良債権問題の深刻化を受け、政府による公的資金注入が行われたことも触れられています。自己資本比率の高さだけでは銀行経営の健全性を保証するものではなく、積極的な情報開示なども重要であると主張しています。
1. 自己資本比率規制 BIS規制 の概要と問題点
このセクションでは、銀行の健全性を確保するための自己資本比率規制、特にBIS規制について解説しています。BIS規制は、リスクを測定し、そのリスクに見合った自己資本比率を維持することを求めています。しかし、リスクウェイトの算定方法や、リスク・アセット・レシオの計算方法などには問題点があると指摘されています。 具体的には、リスクウェイトを用いた加重合計額をリスクの尺度とすることの妥当性や、各国で異なる規制内容などが問題視されています。日本におけるTier I、Tier II資本の算入基準についても説明されており、有価証券含み益、貸倒引当金、優先株式、劣後債などが算入可能であるものの、それぞれに制限があることが示されています。適正な自己資本比率は、金融機関が負担するリスクの大きさや、公的なセーフティネットのあり方によって異なり、一律の規制は妥当ではないという意見も紹介されています。FDIC(米国連邦預金保険公社)が10%の自己資本比率を求める考えを示していたことも触れられています。
2. バブル崩壊後の対応と公的資金注入
バブル経済崩壊後、BIS規制達成のための対策は不十分であり、各銀行は株価や為替市場の変動に大きく影響を受けていました。円高時は海外資産の圧縮により自己資本比率が上昇し、円安時は逆に低下するという状況が説明されています。 膨大な不良債権処理の問題を抱える中、1999年4月には自己資本比率を上昇させるため、政府による優先株や劣後債の購入を通して公的資金が注入されました。この公的資金注入は、銀行の経営安定化を図るための緊急措置として行われたものと考えられます。しかし、この措置が長期的な解決策となるかについては疑問が残ります。不良債権問題の深刻さや、その処理の遅れが、銀行経営に深刻な影響を与えていることが示唆されています。株価低迷や長期債格付けの低下により、劣後ローンの導入やエクイティファイナンスも制約されており、貸出金の圧縮(クレジットクランチ)も懸念されています。
3. BIS規制の批判と自己資本比率の役割
BIS規制は銀行の健全性を判断するための重要な要素ではありますが、唯一の指標ではないと指摘されています。自己資本比率が基準を満たさなくても、銀行経営が成り立たなくなるわけではないと主張されています。 積極的な情報開示(特に不良債権に関する情報)を行い、銀行の実体が透明性をもって示されれば、自己資本比率のわずかな違いが銀行評価に大きく影響を与えることはないとされています。そのため、BIS規制をクリアすることに過剰なコストをかけることは不自然であり、本来の目的ではないという批判的な見解が示されています。しかしながら、銀行経営上発生する可能性のあるリスクに対応するためには、一定以上の自己資本は必要であることも強調されています。BIS規制の緩和や見直し論への理論的根拠が示され、日本型クレジットクランチの可能性も示唆されています。 預金保険制度や監督・検査体制といったセーフティネットのあり方によっても、適正な自己資本比率は異なるとされ、各国一律の適用についても議論の余地があるとされています。
V.公的金融とリスク管理
郵便貯金、公的年金などの公的資金の運用(財政投融資)について、そのリスクと課題が論じられています。株式への投資拡大、デリバティブ取引の活用など、運用範囲の拡大に伴うリスク管理の必要性、そして市場メカニズムへの対応が重要視されています。簡保資金の運用状況(昭和15~17年の株式投資など)や、平成4年の株式市場対策(郵貯・簡保資金による株式投資の拡大)といった具体的な事例も示されています。
1. 財政投融資と資金運用部資金
このセクションでは、財政投融資における資金運用、特に資金運用部資金の運用について解説しています。資金運用部資金の主要な構成要素は、郵便貯金、公的年金(厚生年金・国民年金)資金、そして回収金です。昭和62年6月までは、郵便貯金は資金運用部に預託される仕組みでした。厚生年金や国民年金についても、歳入と歳出の差額が資金運用部に預託されていました。回収金には、過去に貸し付けられた資金の回収分や、債券償還による再投資分などが含まれています。財政投融資計画は、政府または政府関係機関への直接資金供給、地方公共団体への貸付け、そして日本開発銀行や日本輸出入銀行などの仲介による民間への資金供給という3つの方法で行われています。民間への投融資は、重要産業の強化や貿易振興に加え、中小企業、農林漁業、病院など生活基盤整備にも充てられていました。郵便貯金の資金運用部への預託利率が市場実勢より低く固定されていたため、財投対象機関を通じて低利資金を供給することができました。これは、財政投融資が有効に機能した背景の一つです。
2. 財政投融資計画の運用と課題
財政投融資計画の運用方法として、政府や政府関係機関への直接資金供給、地方公共団体への貸付け、そして民間への間接的な資金供給が挙げられています。特に民間への投融資は、重要産業の強化や貿易振興だけでなく、中小企業や農林漁業などの生活基盤整備にも貢献しました。しかし、財政投融資計画の運用には課題も存在します。資金運用部による国債引受けは、資金の流動性を低下させ、財政投融資計画の削減を余儀なくされる可能性があります。また、財投対象機関の整理についても、行政改革の成果が不十分であり、特殊法人の存在意義に疑問が投げかけられています。昭和55年度までに財投の未消化・不用額問題は是正されましたが、近年では繰越額が再び増加傾向にあります。資金運用部による国債引受けの増加は、資金の流動化を困難にし、インフレ的通貨供給リスクも伴う可能性が指摘されています。政府資金の運用方法として、短期的な運用ではなく、国債引受けを中心とした長期的な運用への転換が望ましいものの、その一方で国債引受けの拡大によるリスクも存在します。
3. 郵便貯金資金の自主運用とリスクヘッジ
金融自由化の進展に伴い、低利に抑えられていた郵便貯金資金の有利運用が求められるようになりました。昭和57年度予算以降、郵貯資金の自主運用(国債等の公共債の引受け)が求められましたが、政府内部での協議は進展しませんでした。しかし、1989年5月の日米円・ドル委員会報告書により金融自由化が加速され、郵貯資金の金利から貸出金利まで市場金利を反映する仕組みが不可欠となりました。これにより、郵便貯金資金の一部自主運用が開始されました。当初は、株式の組み入れに50%以上の制限がありましたが、平成4年には制限のない「新指定単」の運用が開始されました。 しかし、1994年度からの債券先物・オプション取引開始、1995年度からの先物外国為替への運用開始にもかかわらず、2001年度末時点ではデリバティブ取引は行われていませんでした。2001年4月からの全額自主運用開始に向けて、法制の整備、運用計画の迅速化、情報開示の充実、運用責任の明確化、そしてデリバティブ理論の習得などが求められています。デリバティブ活用によるリスクヘッジの可能性も示唆されています。
4. 簡保資金の運用と株式投資
簡易保険資金(簡保資金)の運用についても言及されています。現行法では簡保資金を直接株式に運用することは認められていませんが、戦時体制下(昭和15~17年)には、朝鮮殖産銀行や日本勧業銀行などの株式への投資が認められていました。当時の積立金の4.6%が株式に投資されていたと記載されています。これは、戦費調達のための国債購入に新規編入積立金の半分が充てられたため、簡易保険事業維持に必要な利回りを確保するための措置でした。平成4年には、買い手不在の株式市場において、財政投融資の資金運用事業が注目され、郵貯・簡保資金による株式投資の拡大(株式組み入れ比率制限のない「新指定単」の導入)が行われました。2兆8200億円規模の公的資金が新たな指定単に運用されることになりました。これは、公的資金による市場への介入の一例として示されています。
VI.預金保険制度とリスク管理
預金保険制度(ペイオフを含む)の現状と課題について、預金保険機構の勘定と資金の流れ、そして各種破綻処理方式の特徴(ペイオフ、P&A、資金援助)を説明しています。FDIC(米国連邦預金保険公社)の事例も参考にしながら、効率的な預金保険制度運営と情報開示の重要性が強調されています。
1. 預金保険機構の勘定と資金の流れ
このセクションでは、預金保険機構の勘定と資金の流れについて説明しています。預金保険機構は、預金者保護のための通例措置(ペイオフコスト以内の資金援助など)と、金融システム危機対応のための特別措置(特別公的管理銀行や承継銀行への資金貸し付けなど)を行っています。 預金者保護のための勘定として、一般勘定と特例業務勘定があり、前者はペイオフコスト以内、後者はそれを超える資金援助に対応します。金融システム危機対応のための勘定としては、金融再生勘定と金融機能早期健全化勘定があり、前者は特別公的管理銀行などへの資金貸し付け、後者は協定銀行への資金貸し付けなどを扱います。さらに、特定住宅金融専門会社債権債務処理勘定は、住専処理のための措置に対応しています。これらの勘定を通じて、預金保険機構は預金者の保護と金融システムの安定化に貢献しています。1934年から1979年までの破綻処理件数は562件あり、その内訳はペイオフおよび預金移転307件、P&A251件、資金援助4件であったと示されています。FDICの設立以降、破綻金融機関数は激減したと述べられています。FDICは当初ペイオフのみの権限でしたが、後に預金承継に対する資金援助や預金の移転権限が追加され、「コスト・テスト」という原則も確立しました。
2. 各種破綻処理方式の特徴とペイオフ
様々な破綻処理方式の特徴が比較されています。ペイオフは、預金保険機構が預金者に直接払い戻しを行う方法ですが、コストと事務管理の負担が大きく、破綻金融機関のフランチャイズバリューが失われるという問題があります。決済の安定性という観点からも問題があると指摘されています。一方、P&A(購入と債権の取得)は、預金保険機構が破綻金融機関の資産を購入し、債権を整理する方法です。この方法は、ペイオフに比べてFDICの負担は小さくなりますが、預金者には一時的な不便が生じることがあります。 閉鎖型処理では金融機関が消滅するため、付保対象預金者以外の債権者や出資者は損失を被ります。しかし、経営者は責任を負うためモラルハザードの抑制に繋がります。 FDICが預金者に小切手を郵送する方法や、預金承継を伴う方法など、様々なペイオフの実施方法が提示されています。ペイオフでは概算払い率と最終確定配当率の乖離が、制度への信頼性を損なう可能性も指摘されています。
3. 預金保険機構の情報開示と制度運営
預金保険機構の情報開示についても触れられています。近年は情報開示が改善されているものの、破綻処理における資金援助額の算定根拠や取得資産の回収見込みなどのデータが十分に明らかにされていません。事前の情報開示はシステミックリスクにつながる可能性があるため慎重さが求められる一方、事後的な正確な情報開示によって、効率的な預金保険制度運営が可能となり、預金者等の信頼を高めることができるとされています。 預金保険制度の効率性向上のためには、情報開示の更なる改善が重要であると主張しています。 ペイオフ解禁の1年延期についても触れられており、預金全額保護のコストが国民に負担されること、金融機関の健全化努力を維持するための国・預金者一体の監視体制の必要性が指摘されています。2002年4月のペイオフ解禁に向けて、金融システムの安定化が急務であったと結論付けています。
VII.デリバティブとリスク管理
デリバティブ取引のリスクと管理について、その定義と概要が簡潔に説明されています。オフバランスシート取引からデリバティブ取引への呼称変化なども触れられています。
1. 預金保険制度の現状とFDICとの比較
このセクションでは、日本の預金保険制度と、アメリカのFDIC(連邦預金保険公社)を比較しながら、預金保険制度の現状と課題について論じています。預金保険機構の勘定と資金の流れを概観し、預金者保護のための通例措置(ペイオフコスト以内の資金援助など)と、金融システム危機対応のための特別措置(特別公的管理銀行や承継銀行への資金貸し付けなど)に分類されています。 具体的には、一般勘定、特例業務勘定、金融再生勘定、金融機能早期健全化勘定、特定住宅金融専門会社債権債務処理勘定の5つの勘定が挙げられています。 1934年から1979年までのFDICの破綻処理実績(ペイオフ、P&A、資金援助)のデータが示され、FDIC設立以降、破綻金融機関数が激減したことが強調されています。FDICは当初ペイオフを行う権限のみでしたが、その後、預金承継に対する資金援助や預金の移転権限が追加され、コスト効率の高い処理方法を選択する「コスト・テスト」を確立したと説明されています。日本の預金保険制度とFDICの制度設計や運用方法の違い、そしてそれぞれのメリット・デメリットが比較検討されています。
2. ペイオフとP A 購入と債権の取得 の比較
ペイオフとP&A(購入と債権の取得)という二つの破綻処理方法の特徴が比較されています。ペイオフは預金保険機構が預金者に直接払い戻しを行う方法ですが、コストと事務管理の負担が大きく、破綻金融機関のフランチャイズバリューが失われるという問題点が指摘されています。決済の安定性という観点からも問題があるとされています。一方、P&Aは預金保険機構が破綻金融機関の資産を購入し、債権を整理する方法であり、ペイオフに比べてFDICの負担は少ないとされていますが、預金者には一時的な不便が生じます。閉鎖型処理、ペイオフ、P&Aそれぞれのメリット・デメリット、そしてFDICにおけるコスト、預金者保護、地域経済への影響、モラルハザードの防止といった側面からの比較が行われています。ペイオフにおけるFDICの負担の大きさ、預金者への不便、決済安定性への影響などが詳細に説明されています。また、P&Aでは概算払い率と最終確定配当率のずれが、制度への信頼性に影響を与える可能性が指摘されています。
3. 預金保険機構の情報開示と今後の課題
預金保険機構の情報開示の現状と課題について論じています。近年、情報開示は改善されていますが、破綻処理における資金援助額の算定根拠や取得資産の回収見込みなどのデータが十分に公開されていません。事前の情報開示はシステミックリスクにつながる可能性もあるため慎重さが求められますが、事後的な正確な情報開示は、効率的な預金保険制度運営に繋がり、預金者等の信頼を高めるとされています。 ペイオフ解禁に向けた準備状況や、ペイオフ解禁の1年延期に関連した議論も紹介されています。ペイオフ解禁の延期は、預金全額保護のコストを国民が最終的に負担することになるため、金融機関の健全化努力を維持しつつ、金融システムの安定化を図るための国と預金者一体となった監視体制の必要性が強調されています。 2002年4月のペイオフ解禁を控え、より透明性の高い情報開示と、効率的な制度運営が求められていることが示唆されています。