セラミックスの破壊強さとその評価法に関する研究

セラミックス破壊強度評価法研究

文書情報

学校

金沢大学大学院自然科学研究科

専攻 不明
出版年 不明
場所 金沢
文書タイプ 博士論文
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 15.70 MB

概要

I.第2章 セラミックスの強度分布の確率統計的解析

本研究では、セラミックス強度分布を確率統計的に解析し、特にワイブル分布を用いた評価に焦点を当てています。アルミナ, 窒化ケイ素, ジルコニアなどのセラミックス材料三点曲げ強度試験データを用い、ワイブル係数有効体積を算出し、強度ばらつき寸法効果を分析しました。多重モードワイブル分布単一モードワイブル分布の適用可能性についても検討し、破壊起点の位置と真応力の分布との関係を明らかにしました。

2.1 ワイブル統計による強度ばらつきの評価

本節では、セラミックスの強度ばらつきを評価するための確率統計的手法として、ワイブル統計を用いた解析について述べています。ワイブル分布は、ぜい性材料の破壊確率を記述する上で広く用いられており、強度のばらつき特性や寸法効果を説明する理論として知られています。しかしながら、ワイブル係数が試験片寸法や負荷方法に依存しない材料定数であるという従来の仮定に対して、近年、疑問が呈されています。ホットプレス窒化ケイ素を用いた三点曲げ試験と引張り試験の結果では、得られたワイブル係数に明確な差が見られました。また、有効体積の相違によってもワイブル係数が変化することが報告されており、有効体積の減少に伴いワイブル係数は増加する傾向が見られます。さらに、曲げ試験結果のワイブルプロットは破壊確率が約10%を境に勾配が変化し、低確率域ではワイブル分布からのずれが生じることも指摘されています。これらの知見を踏まえ、より正確な強度ばらつきの評価手法の確立が課題として示唆されています。

2.2 多重モードワイブル分布の適用

セラミックスの破壊は、内部、表面、あるいは角部などに存在する欠陥が起点となります。従来の研究では、単一モードワイブル分布を用いて破壊をモデル化することが多かったのですが、実際には試験片ごとに破壊の起点が異なることが多いため、多重モードワイブル分布の適用が重要となります。セラミックスの内部欠陥は製造プロセスに由来する材料固有の欠陥である一方、表面や角部の欠陥には、内部欠陥が切断されたものや、加工・環境に起因する損傷が含まれます。これらの欠陥は異なる分布を示すため、複数の種類の欠陥が混在する場合は、多重モードワイブル分布を用いて個々の破壊起点に対する破壊の危険度を評価する必要があります。多重モードワイブル分布の母数推定法に関しては、松尾らの研究が挙げられていますが、破壊起点を特定し、煩雑な計算を行う必要があるため、通常は単一モードワイブル分布で処理されることが多いのが現状です。寸法効果を正確に考慮するためには、多重モードワイブル分布による解析が不可欠であると結論付けられます。

2.3 ワイブル係数の推定と寸法効果

ワイブル統計を用いて寸法効果を説明するためには、ワイブル係数を正確に求めることが重要です。ワイブル係数は強度のばらつきの度合いを表す指標であり、セラミックス材料の晶質向上のための目標値としても用いられます。しかし、限られた試験データから母集団のワイブル係数を精度良く推定することは困難です。モンテカルロシミュレーションによる検討では、ワイブル係数を精度良く推定するには40本以上の試料数が必要であることが示されています。また、有効体積を用いて寸法効果による強度の変化を説明する手法が用いられることが多いですが、複数の破壊起点が混在する場合には、有効体積や有効表面積だけでは寸法効果を十分に説明できない場合があります。例えば、試験片の高さを変化させた場合、有効表面積と有効長さは変化せず、有効体積のみが変化します。そのため、寸法効果を正確に表すためには、多重モードワイブル分布を用いて各破壊起点に対する破壊の危険度を個別に評価することが必要になります。

2.4 真応力分布と破壊位置の分布

曲げ試験のように試験片内に応力勾配が存在する場合、破壊は必ずしも最大応力点で発生するとは限りません。最大応力点から少しずれた位置に大きな欠陥が存在すれば、そこが破壊起点となります。本研究では、公称応力による強度分布データから、破壊位置のばらつきと破壊位置における真応力による強度分布を推定し、実験値と比較しました。さらに、走査型電子顕微鏡を用いて破壊起点となった欠陥の大きさを調べ、欠陥寸法と強度との関係について検討しました。ZrO₂丸棒を用いたスパン長さを変えた三点曲げ試験および四点曲げ試験では、寸法効果によるワイブル係数の変化を調べ、ワイブル係数が有効体積によって変化する理由についても考察しています。これらの解析により、より現実的な強度分布のモデル化と、材料特性のより正確な把握に貢献する結果が得られました。

II.第3章 セラミックスの強度分布シミュレーション

ワイブル統計だけでは十分に説明できない強度分布特性を明らかにするため、モンテカルロ法による強度分布シミュレーションを実施しました。三点曲げ, 四点曲げ, 引張り試験における寸法効果による強度分布の変化を数値的に評価し、新たな強度分布関数を提案しました。これにより、ワイブル係数寸法効果によって変化する理由と、有効体積平均強度の関係について新たな知見を得ました。

3.1 モンテカルロ法による強度分布シミュレーション

従来のワイブル統計では十分に説明できない実験データが報告されるようになってきたため、本研究では計算機を用いたシミュレーションによりセラミックスの強度分布を詳細に検討しました。モンテカルロ法を用いて、三点曲げ、四点曲げ、引張り試験における各種寸法の試験片の強度分布をシミュレートしました。シミュレーションモデルは、強度に下限値が存在しない場合と下限値が存在する場合の2つのケースを扱っており、これによりより現実的な強度分布の予測が可能となりました。シミュレーションでは、試験片の寸法効果による強度分布の変化や平均強度の変化を定量的に評価し、ワイブル分布に代わる新たな強度分布の表示式を提案しています。この表示式を用いることで、寸法効果によってワイブル係数が変化する理由、および有効体積と平均強度の関係について、より深い理解を得ることができました。

3.2 強度分布関数の定式化と妥当性検証

モンテカルロ法によるシミュレーション結果に基づき、セラミックスの強度分布を表す新たな分布関数を定式化しました。この定式化においては、強度に下限値が存在しない場合と存在する場合の両方を考慮し、より広範な状況に対応できるようになっています。導出した強度分布関数の妥当性を検証するために、シミュレーション結果との比較を行いました。その結果、提案した分布関数はシミュレーション結果をよく再現することが示され、その妥当性が確認されました。さらに、この強度分布関数を用いて、寸法効果によってワイブル係数が変化する理由、および有効体積と平均強度の関係について詳細な検討を行いました。従来のワイブル統計では説明が困難であったこれらの関係について、新たな知見を提供することに成功しました。

3.3 寸法効果と平均強度への影響

本研究では、シミュレーション結果を用いて、寸法効果が平均強度へ及ぼす影響について詳細に検討しました。特に、有効体積と平均強度の関係に着目し、従来のワイブル統計では十分に説明できなかった関係性を明らかにすることに成功しました。シミュレーションの結果、有効体積と平均強度の関係は、両対数グラフ上では直線関係を示す従来のモデルとは異なり、逆S字形の傾向を示すことがわかりました。これは、有効体積が小さくなると平均強度は上限値に漸近し、逆に有効体積が大きくなると下限値に漸近するためです。この逆S字形の関係は、従来のワイブル統計では説明できない重要な知見であり、セラミックス材料の設計や評価において考慮すべき重要な要素であると考えられます。本研究で得られた知見は、より正確な強度予測や材料設計に役立つことが期待されます。

III.第4章 セラミックスの動的応力拡大係数の簡便評価法

衝撃三点曲げ試験におけるセラミックス動的破壊じん性値を正確に評価するために、動的応力拡大係数簡便評価式を導出しました。この式では、衝撃負荷時の試験片支持点からの浮き上がり支持点反力を考慮しています。既存の実験結果との比較により、導出した式の精度を検証しました。

4.1 動的応力拡大係数の簡便評価式の必要性

セラミックスの動的破壊じん性値を評価する際には、動的応力拡大係数の正確な評価が不可欠です。特に動的荷重下では、試験片の慣性力の影響を考慮する必要があります。有限要素法などの数値解析を用いれば動的応力拡大係数を算出できますが、個々の試験片に対してこの手法を用いるのは時間的・経済的なコストがかかります。そこで、本研究では、衝撃三点曲げ試験において必要となる動的応力拡大係数を簡便かつ精度良く評価するための簡便評価式を導出することを目的としました。この簡便評価式は、衝撃負荷時の試験片の支持点からの浮き上がり、および支持点と再接触後の反力を考慮することで、より現実的な動的応力拡大係数の評価を可能にします。既存の研究ではこれらの影響を十分に考慮した評価式は存在しなかったため、本研究の成果はセラミックス材料の動的破壊じん性評価に大きく貢献するものです。

4.2 衝撃三点曲げ試験片のモデル化と解析

衝撃三点曲げ試験片の挙動を正確にモデル化するために、試験片をき裂を有する両端自由はりとしてモデル化しました。衝撃力F(t)が試験片中央に作用すると、試験片は初期に支持点から浮き上がり、その後再度接触し支持点反力F(t)を受けます。この複雑な挙動を解析するために、試験片中央にF(t)のみが作用する場合と支持点位置にF(t)のみが作用する場合の重ね合わせを用いて、試験片の応答を計算しました。この解析では、Timoshenkoはり理論に基づき、支持点からの浮き上がりと支持点反力を考慮した詳細な解析を行いました。この解析モデルを用いて導出した簡便評価式は、従来の手法に比べて計算が容易でありながら、より正確な動的応力拡大係数の評価を可能にします。特に、支持点反力の測定が困難な場合でも、本簡便評価式を用いることで、正確な動的応力拡大係数の推定が可能になります。

4.3 簡便評価式の精度検証

導出した動的応力拡大係数の簡便評価式の精度を検証するために、既存の実験結果との比較を行いました。具体的には、Bδh㎜eらの実験結果と比較することで、簡便評価式の精度を吟味しました。この比較により、導出した簡便式が実験結果を良好に再現できることが確認されました。本研究で提案した簡便評価式は、複雑な数値解析に頼ることなく、衝撃三点曲げ試験における動的応力拡大係数を簡便かつ高精度に評価できる手法を提供します。これにより、セラミックス材料の動的破壊じん性値の評価を効率化し、信頼性の高い評価結果を得ることが可能になります。また、本研究は、衝撃三点曲げ試験における動的応力拡大係数の評価に関する新たな知見を提供し、今後の標準的な評価手法の確立に貢献すると考えられます。

IV.第5章 動的破壊じん性試験におけるオーバーハングの影響

衝撃三点曲げ試験におけるオーバーハング量動的挙動浮き上がり時間, 動的応力拡大係数, き裂進展開始時間)に与える影響を、エポキシ試験片を用いた実験で検証しました。ひずみゲージ法動光弾性法による測定結果と、第4章で導出した簡便式による計算結果を比較し、動的破壊じん性値オーバーハング量依存性を明らかにしました。

5.1 オーバーハングの影響に関する実験計画

衝撃三点曲げ試験において、試験片の標準的な寸法はまだ定まっていないため、オーバーハング量の相違が衝撃負荷時の試験片の動的挙動に及ぼす影響を詳細に検討しました。様々な長さのエポキシ試験片を用いて衝撃三点曲げ試験を行い、オーバーハング量の相違による動的応力拡大係数、破壊開始時間、支持点からの浮き上がり時間の変化を調べました。動的応力拡大係数の測定には、動光弾性法とひずみゲージ法の2つの手法を用い、得られた測定結果と第4章で導出した簡便式による計算結果を比較検討しました。さらに、衝撃引張り試験により得られた動的破壊じん性値と、衝撃三点曲げ試験で得られた値を比較することで、測定方法の妥当性についても検証しました。これらの実験を通して、オーバーハング量が試験片の動的挙動に及ぼす影響の程度を定量的に明らかにすることを目的としました。

5.2 実験方法と測定結果

実験では、様々なオーバーハング量を持つエポキシ試験片を用いて衝撃三点曲げ試験を実施しました。動的応力拡大係数の測定には、動光弾性法とひずみゲージ法の2つの方法を用い、それぞれの測定結果を比較検討することで測定精度を確認しました。動光弾性法では、き裂上部に貼付したひずみゲージで測定された圧縮応力波をトリガー信号として、フラッシュと超高速度カメラを用いて動的挙動を撮影しました。ひずみゲージ法では、き裂先端近傍に貼付したひずみゲージから得られたひずみ値を計測しました。これらの測定結果に加えて、試験片の支持点からの浮き上がり開始時間と再接触までの時間を測定しました。測定系には、導電塗料を用いたトリガー回路と、試験片の浮き上がり時間を測定するための回路が用いられました。これらの実験データから、オーバーハング量と動的応力拡大係数、破壊開始時間、支持点からの浮き上がり時間との関係を明らかにしました。

5.3 オーバーハングの影響と考察

実験結果から、オーバーハング量の増加に伴い、支持点からの浮き上がり量と浮き上がり時間は減少し、き裂進展開始時間は遅くなる傾向が見られました。一方、き裂進展開始時の応力拡大係数速度はオーバーハング量に依存せずほぼ一定の値を示しました。これは、ひずみ速度が動的破壊じん性値に及ぼす影響が各試験片で同程度であることを示唆しています。動的破壊じん性値の測定値もオーバーハング量に依存せず、ほぼ一定の値が得られました。これは、衝撃三点曲げ試験による動的破壊じん性値の測定値はオーバーハングの影響を受けないことを意味しています。第4章で導出した簡便式による動的応力拡大係数の計算値は、ひずみゲージ法および動光弾性法による測定値と良好な一致を示しました。これらの結果から、衝撃三点曲げ試験におけるオーバーハングの影響について、定量的かつ詳細な知見が得られました。

V.第6章 アルミナの静的および動的破壊じん性値の評価

アルミナを供試材として、静的および衝撃三点曲げ試験による破壊じん性値の評価を行いました。SEPB法IF法の比較を行い、き裂進展開始時の荷重を用いた静的破壊じん性値の評価の必要性を示しました。さらに、負荷速度を変えた衝撃試験を行い、アルミナ破壊じん性値負荷速度依存性を明らかにしました。動的応力拡大係数簡便評価式の精度についても検証しました。

6.1 アルミナの静的破壊じん性値評価

本節では、アルミナの静的破壊じん性値の評価について、三点曲げ試験とIF法を用いた測定結果の比較検討を行いました。特に、き裂進展に伴い破壊抵抗が増大するアルミナのような材料では、SEPB法のように最大荷重を用いて破壊じん性値を算出すると、真の値よりも大きくなってしまう可能性があることを指摘しています。そのため、き裂進展開始時の荷重を用いたより正確な評価方法の必要性を示唆しています。また、三点曲げ試験において観察された荷重と、き裂先端近傍のひずみの関係についても、簡単な計算モデルを用いて定量的な評価を行い、その挙動を明らかにしました。この計算モデルでは、予め導入したき裂の開口挙動や、き裂面上の凹凸による残留応力の影響を考慮することで、より現実的な荷重-ひずみ関係の予測に成功しました。これらの結果から、アルミナの静的破壊じん性値を正確に評価するためには、き裂進展開始時の荷重に着目した評価方法が重要であるという結論に至りました。

6.2 静的三点曲げ試験における荷重 ひずみ関係の非線形性

静的三点曲げ試験において、荷重とひずみの関係が非線形挙動を示すことが観察されました。これは、予め導入したき裂が完全に閉口せず、き裂面上の凹凸により圧縮残留応力が存在するためと考えられます。この残留応力の影響を除去するために、ダイヤモンドカッターを用いてき裂面を精密に研磨する処理を行いました。この処理によって、荷重-ひずみ関係の非線形性が改善され、より正確な破壊じん性値の測定が可能になりました。き裂進展開始後の荷重-ひずみ関係がひずみゲージの貼付位置によって異なる理由についても検討を行い、き裂進展開始後もひずみが増加し続けることから、最大ひずみを破壊開始点とする従来の方法の限界を指摘しました。代わりに、ひずみの時間変化に折れ曲がりが生じる点をき裂進展開始点と定義することで、より正確な動的破壊じん性値の評価を行いました。これらの検討結果から、静的破壊じん性試験における測定精度向上のための重要な知見が得られました。

6.3 アルミナの動的破壊じん性値評価

第4章と第5章の検討結果を踏まえ、アルミナの動的破壊じん性値の評価を行いました。衝撃三点曲げ試験において、負荷速度を変化させて実験を行い、破壊じん性値の負荷速度依存性を調べました。動的応力拡大係数の測定には、き裂進展開始点の検出を容易にするため、き裂先端横2mm、下方1mmの位置にひずみゲージを貼付しました。ひずみの時間変化に折れ曲がりが生じる点をき裂進展開始点とみなし、動的破壊じん性値を評価しました。また、第4章で導出した簡便評価法による動的応力拡大係数の計算値と測定値を比較することで、簡便評価式の精度を検証しました。さらに、静的および衝撃破壊試験片の破面観察を行い、粒界割れが主たる破壊機構であることを確認しました。結果として、アルミナの破壊じん性値は負荷速度の上昇に伴って増大する傾向を示す一方、破面観察からは負荷速度の変化による顕著な相違は認められませんでした。これらの結果から、アルミナの動的破壊じん性値の正確な評価方法と、その負荷速度依存性に関する知見を得ることができました。