HOKUGA: M.M.ドブロトゥヴォールスキーのアイヌ語・ロシア語辞典(15)

ドブロトゥヴォールスキーアイヌ語辞典:詳細解説

文書情報

著者

寺田 吉孝

専攻 アイヌ語学、ロシア語学、言語学
場所 カザン
文書タイプ 辞典翻訳
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 8.30 MB

概要

I.アイヌ語 ロシア語辞典からの抜粋 単語集の概要

この文書は、ドブロトゥヴォールスキーによるアイヌ語・ロシア語辞典からの抜粋であり、アイヌ語の単語とそのロシア語訳、そして語源や用例に関する説明を提供しています。特に**(k)、(l)、(m)で始まる約500語が収録されており、アイヌ語の語彙研究アイヌ文化アイヌ語辞典に関する貴重な資料となっています。収録単語には、動植物名、地名、人名、日常生活に関する単語などが含まれ、アイヌ語学習研究に役立つ情報が豊富です。例えば、「Kotan(コタン:集落)」、「Ina u(イナウ:神具)」といった重要な単語も含まれています。地理的な範囲としては、クリル諸島サハリンに関連する地名も多数見られます。 この辞典抜粋は、アイヌ語の言語構造文化理解**を深める上で重要な役割を果たすでしょう。

1. 収録単語の範囲と出典

この抜粋には、(k)、(l)、(m)で始まる約500のアイヌ語単語が収録されています。注目すべきは、アイヌ語では通常使用されない音節(l)を含む単語が存在することです。編集者の注記によれば、これらの単語はアイヌ社会において耳にする可能性があるため掲載されているとのことですが、これらの単語はドブロトゥヴォールスキー自身によるものではなく、他のアイヌ語辞典からの引用であると明記されています。これは、この単語集が単独の研究成果ではなく、既存の研究成果を基に編集されたものであることを示唆しています。この点は、この単語集の信頼性と、他のアイヌ語辞典との関連性を検討する上で重要な情報となります。 単語の選定基準や、収録された単語がアイヌ語のどの方言に属するのかといった詳細な情報が記述されていない点は、今後の研究においてさらに検討が必要な点と言えるでしょう。また、出典となった他のアイヌ語辞典の特定も、この単語集の正確な理解のために不可欠な作業となるでしょう。

2. 単語の分類と解説方法

抜粋には、名詞、動詞、副詞、形容詞など、様々な品詞の単語が収録されています。各単語の後に、ロシア語訳が示され、必要に応じて、同義語、対義語、用例なども添えられています。例えば、「Kotan(コタン)」という単語には、居住地、集落といった意味が示され、関連語として「Kotan-shiri(コタンシリ:居住地)」なども紹介されています。この解説方法は、単語の意味を多角的に理解するのに役立つだけでなく、アイヌ語における単語同士の関連性や、語彙間のネットワークを把握する上で重要な手がかりとなります。さらに、日本語からの借用語や、日本語と類似した表現についても言及されている箇所があり、言語接触の側面からの考察も視野に入れている点が注目されます。例えば、「Koyantono(家の所有者)」は日本語の「家(や)の旦那(どの)」に由来しているという説明があります。こうした解説は、アイヌ語の語彙形成における外部の影響を理解する上で大変役立ちます。

3. 用例と文法的特徴

単語の解説には、実際の文脈における用例も示されている点が特徴です。例えば、「Syeta kokh ouri(犬が穴を掘る)」といった例文は、単語の用法を具体的に示し、アイヌ語の文法構造の一端を垣間見せてくれます。この用例の豊富さは、辞書としての機能を超えて、アイヌ語の学習や研究に役立つ実践的な資料としての価値を高めています。ただし、文法的な解説は断片的にしか含まれておらず、より体系的な文法説明が望まれます。例えば、助動詞や接続詞などの機能語の用法については、更なる詳細な解説が必要となるでしょう。また、各単語の後に示された略語(Mos、Dav、Langなど)の意味についても、本文中には明示的に説明されておらず、辞書全体を理解する上で何らかの参照資料が必要になります。これらの点が明示的に記述されることで、この単語集の利用価値は一層高まるでしょう。

II.収録単語の例と解説 重点項目

抜粋には、様々な種類の単語が網羅されています。例えば、動物に関する単語(ビーバー、ガチョウ、鯨など)、植物に関する単語、地名、人名、そして日常生活に関する動詞や形容詞などです。これらの単語の多くは、その意味に加えて、関連語や同義語、対義語なども併記されており、アイヌ語の語彙間の関係性を理解する上で役立ちます。また、一部の単語には、日本語からの借用語や、日本語に類似した表現に関する記述も含まれており、アイヌ語と日本語の言語接触という側面も垣間見ることができます。特に、地名に関する記述は、アイヌ文化と地理的環境との関わりを示唆しており、興味深い内容です。

1. 動物 植物に関する語彙

この抜粋には、アイヌ語で表現される様々な動植物に関する単語が多数収録されています。例えば、「Kotonap」「Kotonyep」はどちらもビーバーを意味し、異なる表記や方言によるバリエーションを示しています。他にも、「Koyama」は波、「Kujtap」「Kuitap」はガチョウ、「Kujto」はサギといったように、具体的な動物の種類を示す単語が多く含まれています。植物に関しても、「Kunau」のように、特定の植物名を指す単語が挙げられています。これらの単語は、アイヌの人々の生活と自然との密接な関係を示すものであり、アイヌ文化における自然観や、彼らの生活環境を理解する上で重要な手がかりとなります。各単語の後ろに付された略語(Lang、Kl、Kamなど)は、おそらくそれぞれの単語の出典となった辞書や資料を示していると考えられますが、本文中ではそれらの詳細な説明がなされていません。この点は、この単語集の全体像を把握する上で、今後さらに調査が必要な部分と言えるでしょう。

2. 日常生活に関わる語彙と日本語からの借用語

この抜粋には、アイヌの人々の日常生活に関連する様々な単語が収録されています。例えば、「Kotokhta」はイナウを供物として捧げるという意味の動詞で、アイヌの宗教儀礼に関連する単語です。「Kotakhma」は「くっつく」という意味の動詞で、具体的な状況(スキーにくっついた雪)も用例として挙げられています。「Kotyeki-nikiri」は「手でつかむ」という意味で、アイヌ語と日本語の単語が組み合わさった複合語であることが解説されています。この単語は、アイヌ語と日本語の言語接触を示す良い例です。同様に、「Koyantono」は「家の所有者」を意味する単語ですが、これは日本語の「家(や)の旦那(どの)」から派生した借用語であると解説されています。このような日本語からの借用語の存在は、アイヌ文化と日本文化との歴史的交流を反映していると言えるでしょう。これらの単語は、アイヌの人々の生活様式や、文化交流の歴史を研究する上で、貴重な情報源となっています。

3. 抽象概念や状態を表す語彙

この抜粋には、具体的な事物だけでなく、抽象的な概念や状態を表す単語も含まれています。「Kotomasye」は「その通りだ、実際そうだ」という意味で、同意や確認を表す表現です。「Kochanna」は「〜がない、それは存在しない」を意味し、存在の否定を表す単語です。「Koshinye」は「軽い」という意味で、「koshini」は「度々の」という意味を持ち、同一の語幹から派生した異なる意味を持つ単語の例となっています。これらの単語は、アイヌ語における語彙の多様性と、その表現力の豊かさを示しています。また、これらの単語の解説には、それぞれの単語の文法的機能や、具体的な文脈における用法に関する記述は少ないため、今後のより詳細な研究が必要となります。特に、それぞれの単語の文法的カテゴリー(例えば、形容詞、副詞など)や、統語論的な制約に関する情報が追加されることで、この単語集の学術的な価値はさらに高まるでしょう。

III.地名と人名に関する記述 地域特性と文化

この辞典抜粋には、様々な地名(クリル諸島の各島、サハリンの村など)と人名が収録されています。これらの記述は、アイヌ文化の地理的広がりを理解する上で重要な情報源となります。地名に関する記述の中には、アイヌ語名とロシア語名、あるいは日本語名との対応関係を示すものもあり、アイヌ語地名研究に貢献する資料と言えます。また、人名に関する記述からも、アイヌ社会における名前の付け方や、名前の持つ意味合いなどが推測できます。これらは、アイヌの人々の歴史社会構造を解明する上で重要な手がかりとなるでしょう。

1. 地名に関する記述 クリル諸島とサハリン

この抜粋には、クリル諸島とサハリンの地名が複数記載されています。クリル諸島に関しては、「Kukumiva」がクリル諸島の6番目の島(ミッレルの計算では5番目)として言及されています。また、「Kunashiri」はクナシリ島を指し、クリル諸島の22番目(ミッレルの計算では21番目)の島であると記述されています。サハリンに関しては、「Kusunaj」がサハリン西岸の特定の緯度経度に位置するアイヌと日本人の村として言及されており、複数の文献における位置情報の差異についても触れられています。「Kusun-kotan」はカルサコフ近郊のアイヌと日本人の村であり、アイヌ語では「トマリ」と呼ばれていた可能性が示唆されています。「Mauka」はクスナイの南方のアイヌと日本人の村として記載されています。これらの地名に関する記述は、アイヌの人々の居住範囲や、歴史的な土地利用に関する貴重な情報源と言えます。特に、複数の文献からの情報が対比されている点は、地名研究において重要な検証材料を提供しています。これらの地名に関する情報は、アイヌ文化の地理的広がりや、歴史的変遷を研究する上で、重要な手がかりとなります。

2. 人名と 人名に関連する記述

この抜粋には、「Kokhko」「Lipaga」「Kustrari」など、いくつかのアイヌの人名が登場します。特に「Lipaga」はクリル人で、シュパンベルグ船長の通訳であったことが記されています。人名に関する記述は少ないものの、これらの記述から、アイヌ社会における命名習慣や、人々の社会的地位、役割などを推測することができます。また、人名に関連して、例えば「Kosh-matsi」は花嫁や妻の姉妹などを意味する単語であり、アイヌ社会における女性の役割や家族関係に関する情報も得られます。更に、「Makh」という語幹は女性や雌を意味する接頭辞として用いられ、「Makh nyeku」は女性を意味することから、アイヌ語における性差の表現方法も窺い知ることができます。これらの断片的な情報から、より詳細なアイヌ社会の構造や文化を解明するための更なる研究の必要性が示唆されます。例えば、人名の由来や、その意味合いに関する更なる調査が望まれます。