
ホッブズ母権論と獲得によるコモンウェルス
文書情報
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 588.32 KB |
専攻 | 政治学 |
文書タイプ | 論文 |
概要
I.ホッブズの国家形成論における家族構造と権力 自然状態からコモンウェルスへ
本稿は、トーマス・ホッブズの政治哲学、特に彼のコモンウェルス(Commonwealth)形成論における家族構造と権力関係、そして自然状態(Natural State)からの移行過程に焦点を当てています。ホッブズは、コモンウェルスの起源を、個人の自己保存本能と、それによって生じる支配関係に求めます。特に、獲得によるコモンウェルス(Acquisition)と設定によるコモンウェルス(Institution)の二種類を論じています。前者は、力による支配関係(例えば、戦争における征服)から始まり、家族(特に父権(Patriarchy))をその原型と見なします。一方、後者は、個人の合意に基づく契約によって成立する国家を指します。本稿では、ホッブズがなぜ母権(Matriarchy)を論じなかったのか、また婚姻関係や親子関係といった家族内での権力構造がコモンウェルスの形成にどう影響したのかを分析します。彼の議論は、現代の社会契約論に大きな影響を与えており、その理論的枠組みは、父権的支配や専制的支配といった現代社会の権力構造を考える上で重要な示唆を与えます。さらに、ホッブズは『法学大綱』において、男女関係や親子関係を詳細に考察しています。その分析を通して、ホッブズの自然状態における人間関係観、そして彼のコモンウェルス形成論における重要な概念を解明していきます。
1. 自然状態とコモンウェルス形成の二類型
ホッブズは、国家形成を論じる上で、自然状態からのコモンウェルス(国家)の成立を二つの類型に分類しています。一つ目は「獲得によるコモンウェルス」で、戦争の敗北など強制力によって支配下に服従する状態を指し、自然的な力や恐怖に基づく支配関係です。二つ目は「設定によるコモンウェルス」で、個人の合意に基づく契約によって成立する国家です。この二つの類型は、ホッブズが考えるコモンウェルス理解の基礎であり、その後の家族構造や権力関係の議論において重要な役割を果たします。本文では、特に『法学大綱』を基に、男女関係や父権的支配について詳細な考察が行われています。自然状態においては持続的な人間関係は成立しないとしながらも、母子の関係は例外として持続的な支配関係を生むと論じており、この母子の関係と父権的支配の関係性が後の議論の鍵となります。また、男女間の契約関係についても言及があり、服従を伴わない一時的な関係や生涯にわたる関係も存在すると論じています。
2. 家族構造と父権的支配 ホッブズにおける家族の特殊な定義
ホッブズは、家族をコモンウェルスと同様の構造を持つものと捉え、その違いは権力の強さだけにあると説明しています。しかし、彼が記述する家族は、一般的な家族観とは異なる点をいくつか持ちます。特に重要なのは、父権的支配を強調する点です。ホッブズは、男女が性交だけを目的とする契約関係や、全てを共有する共同生活(ユニオン)における支配権の帰属を論じ、通常は男性が支配権を持つと結論づけています。このユニオンにおける支配権は、ホッブズのコモンウェルスを考える上で重要な概念です。彼は、多くの人の意見や意志を一つにするためにユニオンが必要であり、男性が統治権を持つことを前提に議論を進めます。さらに、父権の成立を論じるため、母による支配を言説による支配へと転換させる必要性を示唆しており、これは彼の政治哲学における重要な視点です。ホッブズの家族観は、彼の社会契約論や国家形成論と密接に関連しており、その独特の定義は、彼の政治思想を理解する上で欠かせない要素となります。
3. 母権の不在とローマ法の影響 ホッブズ理論における限界
本稿では、ホッブズが母権を論じていない理由を考察しています。その理由の一つとして、彼の議論における内在的な理由、すなわち父権の確立を優先する理論体系が挙げられます。母権が獲得によるコモンウェルス、すなわち家族の原型として成立する可能性を排除することで、彼の父権中心の理論を維持していると考えられます。また、ホッブズの『市民論』における家族の特殊な定義は、ローマ法の影響を示唆しています。彼は、市民論で家族について独自の定義を行っていますが、これは、母権が獲得によるコモンウェルスにおいて確立される可能性を排除し、父権を成立させるための戦略であった可能性があります。さらに、ホッブズが言語論において批判した論理的飛躍を避けるため、法学大綱での議論を市民論では変更している点も注目されます。これらの分析から、ホッブズの母権に関する沈黙は、彼の理論的整合性と、古代ローマ法などの歴史的文脈を考慮することで理解できることを示唆しています。ペイトマンの指摘など、批判的な視点を取り入れることで、より多角的な理解が可能になります。
II.ホッブズにおける家族とコモンウェルス 父権と支配の関係
ホッブズは、家族を獲得によるコモンウェルスの原型と位置付け、父権的支配をその核心と見なします。これは、個人の自己保存本能に基づく力関係から生じる支配であり、母性や母権は彼の理論において比較的軽視されています。この父権に基づく家族構造は、その後、父系的な王国へと発展するとホッブズは主張します。しかし、男女関係を規定する婚姻契約(Marriage Contract)において、ホッブズは一時的で非支配的な関係も認めており、その複雑な側面も分析する必要があります。ホッブズは『市民論』において、法学大綱とは異なる、より洗練された論述を展開しています。 この違いは、彼の思想の変遷を示唆しており、コモンウェルスの成立過程における父権と専制的支配の役割について、更なる考察が必要です。重要なのは、ホッブズがコモンウェルスの二つの成立過程(獲得と設定)を並列的に論じている点です。この二つの類型は、権力構造と国家形成の多様性を示しており、彼の政治哲学を理解する上で重要な視点となります。
1. ホッブズにおける家族の定義と父権的支配
ホッブズは、家族をコモンウェルスと同様の構造を持つものと捉え、その違いは権力の強さだけにあると主張しています。彼は、家族を『獲得によるコモンウェルス』の原型として位置づけ、その中心に父権的支配を置きます。この父権的支配は、個人の自己保存本能に基づく力関係から生じると考えられています。 ホッブズは、男女関係においても、性交だけを目的とした一時的な契約関係から、全ての物を共有する共同生活(ユニオン)まで様々な形態を想定しています。しかし、このユニオンにおいては、どちらか一方が支配権を持つ必要があり、通常は男性がその支配権を持つと結論づけています。これは、彼のコモンウェルス論における重要な前提であり、父権的支配が家族内だけでなく、社会全体の支配構造にも影響を与えていることを示唆しています。さらに、ホッブズは母による支配を、言説による支配へと転換させる必要性を指摘しており、これは彼独自の父権論構築の過程を示しています。
2. 婚姻関係と家族における支配関係 契約と服従
ホッブズは、男女間の契約関係を詳細に分析しています。『法学大綱』では、自然状態における男女関係は婚姻法がないため一時的なものにしかならないと述べていますが、母子の関係は例外として持続的な関係を形成すると論じています。これは、母が子どもの生命を守るという行為から始まり、子どもの合意による持続的な支配関係へと発展すると解釈されます。しかし、ホッブズは男女がそれぞれの持つ性を媒介として作り上げる関係は、支配関係とは異なる関係であるとも考えています。 彼は、服従をもたらさない契約関係として、一時的なものと生涯にわたるものの二種類を挙げ、自然状態においても服従をもたらさない持続的な関係を契約によって作ろうと試みることを論じています。これらの議論を通して、ホッブズは家族における支配関係の多様性と、その契約に基づく複雑な性質を明らかにしようとしています。
3. ホッブズの家族論とコモンウェルス論の関連性 父系的な王国の形成
ホッブズは、獲得によるコモンウェルスが、父権的支配に基づく家族から始まって父系的な王国へと発展していくという見解を示唆しています。これは、彼の家族論がコモンウェルス論と密接に関連していることを示しています。 家族における父権的支配と、コモンウェルスにおける専制的な支配は、どちらも個人の自己保存本能に基づく力関係から生じると考えられ、その構造において共通点が見られます。 しかし、獲得によるコモンウェルスと並行して、主権的支配が成立する設定によるコモンウェルスも論じており、家族から国家への発展過程は必ずしも父系的な王国の形成のみを意味するわけではないことが示唆されます。ホッブズは、これらの異なるコモンウェルス形成の過程を分析することで、国家の成立と権力構造の多様性を解き明かそうとしています。彼の家族に関する議論は、彼の政治哲学全体を理解する上で重要な鍵となります。
III.ホッブズにおける母権の欠如とその理由 古代ローマ法との関連性
ホッブズが彼の理論において母権を論じていない理由を解明することは、彼の政治哲学を理解する上で非常に重要です。その理由としては、彼の議論における内在的な理由に加え、古代ローマ法の影響なども考えられます。 ホッブズは、獲得によるコモンウェルスの原型としての家族において、母性と父性の役割を明確に区別し、父権の優位性を強調しています。これは、彼のコモンウェルス形成論における全体主義的な傾向と関係しており、母権を認めることは、彼の構築した理論体系と矛盾する可能性があります。また、ホッブズは『市民論』において、ラテン語で書かれた著作において、家族の定義を独自に行っています。これは、彼が古代ローマのfamilia概念に影響を受けつつ、独自の父権モデルを構築したことを示唆しています。 したがって、ホッブズの母権に関する沈黙は、彼の理論的枠組み、そして古代ローマ法などの歴史的背景を理解することによって、より明確に理解できるでしょう。 ペイトマンなどの関連研究も参照する必要性があります。
1. ホッブズ理論における母権の不在と父権中心主義
ホッブズの政治哲学において、母権は中心的なテーマとして扱われていません。彼の理論は、父権的支配を前提とした家族構造と国家形成論を展開しており、母権を明確に論じていない点が大きな特徴です。これは、彼が自然状態からコモンウェルス(国家)の形成過程を論じる際に、獲得によるコモンウェルスをまず第一に扱い、その原型を父権的な家族構造とみなしていることに起因します。 ホッブズは、家族における支配関係を主に父権的支配として捉え、母子の関係についても、母が子どもの生命を保護するという観点から、子どもの合意による持続的な支配関係の成立を論じていますが、母権そのものの確立や政治的影響力については言及していません。この父権中心主義は、彼の政治哲学全体を貫く重要な視点であり、母権の不在は、彼の理論体系を理解する上で不可欠な要素となります。 彼の議論における内在的な理由、すなわち父権を成立させるための論理的必然性を探る必要があります。
2. ホッブズの家族定義と古代ローマ法との関連性
ホッブズが母権を論じなかった理由を探る上で、彼の『市民論』における家族の特殊な定義と、古代ローマ法との関連性を検討することが有効です。彼は、『市民論』においてラテン語で家族を独自に定義しており、この定義は、彼の思想における重要な転換点となっています。 特に、獲得によるコモンウェルスを論じる上で、母権が家族において確立される可能性を排除する必要があったと推測できます。なぜなら、母権を認めることは、彼が構築した父権中心の理論体系と矛盾する可能性があるからです。 ホッブズは、家族における父権の確立に重要な役割を果たす婚姻関係についても議論を展開していますが、母権がコモンウェルス形成に繋がる可能性については全く言及していません。この点は、彼が言語論において批判した論理的飛躍を避けようとした結果であるとも考えられます。古代ローマにおけるfamiliaの法的構成を検討することで、ホッブズの家族観と母権不在の理由をより深く理解できる可能性があります。
3. 母権論の欠如と現代社会への示唆 社会契約論とジェンダー
ホッブズが母権を論じなかったことは、彼の時代背景や、彼の政治哲学における内在的な矛盾を理解する上で重要な手がかりとなります。 彼の父権中心主義は、現代の社会契約論やジェンダー論といった分野からも批判的に検証されるべきでしょう。母権を権力の起源とする彼の理論は、設定によるコモンウェルス、すなわち近代の社会契約に基づく国家を女性の視点から批判的に検討する際に重要な意味を持つ可能性があります。 彼の議論は、神と関わりなく事実にもとづいて国家の起源を論理的に考える試みとして位置づけられますが、その過程において母権が排除された理由を改めて検討することで、ホッブズの政治哲学の限界と、現代社会におけるジェンダー問題への示唆が得られると考えられます。 1861年に出版されたバハオーフェンの母権論など、後の母権に関する議論との比較検討も必要となるでしょう。