HOKUGA: 持続可能で包容的な社会への地域社会教育実践 : 「北海道社会教育フォーラム2014」が提起するもの

北海道社会教育フォーラム2014:持続可能な地域社会

文書情報

著者

鈴木 敏正

学校

北海学園大学開発研究所

専攻 社会教育学
文書タイプ 研究論文
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 886.34 KB

概要

I.持続可能な社会に向けた地域社会教育の役割

本稿は、リーマンショック以降のポスト・グローバリゼーション時代における、地球的環境問題と社会的排除問題という「双子の基本問題」の解決、ひいては持続可能な社会の実現に向けた地域社会教育の重要性を論じています。特に、再生可能エネルギー利用社会の構築と社会的排除問題への取り組みを連携させ、包容的な社会づくりへの貢献を強調しています。北海道における実践例を多数紹介し、地域づくりにおける生涯学習の役割を深く考察しています。

1. ポスト グローバリゼーション時代における課題と持続可能な社会への展望

文書は、リーマンショック後の社会をポスト・グローバリゼーション時代と位置づけ、グローバリゼーションがもたらしたリスク社会化や格差社会=排除型社会化といった問題点を指摘しています。特に、地球的環境問題と貧困・社会的排除問題を「双子の基本問題」として捉え、これらの問題克服を目指した「持続可能で包容的な社会」の構築が喫緊の課題であると述べています。東日本大震災はこれらの問題の典型例として挙げられ、戦後体制や近代以降の制度・文化・思考様式・行動様式の変革が求められていると強調しています。 持続可能性の危機を克服するためには、「人間らしく生きるための条件」を模索し、「コペルニクス的転換」が必要であり、ポスト資本主義の提起なども紹介されています。北海道の発展方向を考える上でも、こうした歴史的状況を踏まえる必要性が示されています。各地域における内発的発展の必要性を共通理解とした上で、地域ごとに独自のあり方の創出が求められると結論付けています。

2. 2008年北海道社会教育研究全国集会とフォーラムの目的

2008年札幌で開催された社会教育研究全国集会では、「つながる力を広げ、人が育ち合う地域をつくろう」というテーマの下、従来の社会教育の枠を超えた多様な組織・グループ・個人が参加し、学び合いが行われました。本稿で紹介されているフォーラムは、この集会の精神を引き継ぎ、北海道社会教育のネットワーク化を改めて目指すものです。フォーラムの共通テーマは「いっしょに考えよう『地域』のちから」であり、地域社会の課題解決とネットワークの構築、そして人々の繋がりを再確認することが目的でした。筆者はフォーラムの実行委員長として、全体会と第3分科会「暮らし続けられる地域」づくりに参加し、本稿ではその内容に基づいて、持続可能な地域社会、特に再生可能エネルギー利用社会づくりと貧困・社会的排除問題への取り組み、そして持続可能で包容的な社会づくりへの地域社会教育実践の役割について考察しています。

3. 地域社会教育実践の現状と課題 新自由主義政策の影響と地域の力

近年、新自由主義的な政策や行財政合理化の影響により、公的社会教育・生涯学習は縮減傾向にあり、北海道では「地方消滅」論も浮上しています。 しかし、そのような状況だからこそ、安心安全な暮らし続けられる生活環境・地域社会の創造が重要であり、地域住民の生活課題や地域課題の解決への取り組みが求められています。 報告者の一人である桜井朋子氏(子府町職員)の報告では、役場のどの課においても社会教育的活動が求められ、実践可能であることを示唆しています。具体的には、総合計画策定における社会教育的活動の推進、障害者施設と地域住民を巻き込んだアートフェスティバルの実施、出産を経験しながら社会教育関係者の支えを得て進めた幼保一元化の施設づくりといった事例が紹介されています。これらの実践は、新自由主義的政策下における社会教育の現状を示すと同時に、「地域の力」を信頼し、地域住民の生活課題解決に取り組む姿勢を示しています。ワーカーズコープ北海道事業本部の下村朋史氏も、ワーカーズコープの理念に基づき、働く場を創造しながらの地域づくりを目指していることを報告しています。

II. 社会教育としての生涯学習 アプローチ 自然エネルギー利用社会への道

自然エネルギー利用社会の構築は、地域密着型ネットワーク活動が不可欠です。飯田市の市民出資型太陽光発電や、北海道下川町の木質チップ・ペレット利用など、成功事例と課題が紹介されています。NPO法人 北海道新エネルギー普及促進協会(NEPA) の活動が、再生可能エネルギー普及における市民学習の重要性を示唆しています。環境モデル都市として知られるこれらの地域における取り組みは、**ESD(持続可能な開発のための教育)**の観点からも重要です。 脱原発の流れの中で、自然エネルギー導入における課題として、景観破壊や生態系への影響、地域経済への影響などが挙げられています。 これら克服のためには、地域住民の参加と合意形成が不可欠です。

1. 再生可能エネルギー普及と社会教育 NEPAの活動と市民学習の重要性

このセクションでは、NPO法人北海道新エネルギー普及促進協会(NEPA)の活動が紹介されています。NEPAは、再生可能エネルギー、特に自然エネルギーの普及促進に取り組んでおり、その活動は地球科学的・工学的視点に基づいています。東日本大震災後の再生可能エネルギー買取制度(FIT)や市民発電所の動きを踏まえ、市民の学習の重要性を強調しています。自然エネルギーは小規模・分散的・多様であるため、地域に根ざしたネットワーク活動が普及に不可欠であり、自治体、地域住民、地域企業の協働が重要であると指摘されています。南相馬市の脱原発宣言とメガソーラー設置などの事例を通して、大規模な事業が必ずしも地域に根ざしたものではなく、地域再生に繋がるものではないという反省が述べられています。市民が自律的に生きていくための生涯学習の必要性が、南相馬市の図書館長の取り組みを通して示されています。

2. 持続可能な発展 SD とESD グローカルな視点からの自然エネルギー

自然エネルギー利用社会の構築は、グローカル(グローバルとローカルの融合)な課題であり、1992年の地球サミット以降、持続可能な発展(Sustainable Development, SD)のための教育・普及活動が国際的に重視されてきました。特に、2005年から始まった国連・持続可能な発展のための教育の10年(Decade for ESD, DESD)や、その後のグローバル・アクション・プログラム(GAP)の取り組みが紹介されています。再生可能エネルギー開発はグリーン・エコノミーの中心的課題であり、地域密着型であればあるほど、合意形成のための熟議や利害関係調整が必要となります。自然相手の事業であるため、導入時だけでなく導入後も不確定要素が多く、変化に対応した順応的管理や地域住民参加による了解・納得を持続的に担保する必要性が強調されています。野鳥の会による野鳥保護区域と風力発電区域のゾーニングは、自然保護とエネルギー開発の共存の可能性を示唆する事例として挙げられています。

3. 環境創造教育と地域づくり教育 飯田市と下川町の事例

持続可能な社会づくり、特に自然エネルギー利用社会への取り組みにおいては、環境創造教育が重要な役割を果たします。人間と自然環境の相互関係、風土、里山・里海などのコモンズ、バイオリージョンの観察・調査学習、環境保全行動、協同学習などが、その具体的な内容として挙げられています。飯田市は、市民出資型ファンドによる太陽光発電を全国で初めて地域ぐるみで展開した都市として紹介されており、環境モデル都市としての取り組みや、「21' いいだ環境プラン」などの計画策定、市民活動組織の創設などが詳細に説明されています。また、エネルギーの地産地消による循環型社会を目指す「地域づくり教育」の実践も取り上げられています。一方、北海道下川町は、木質チップ・ペレットを中心としたバイオマスエネルギーの利用を進める事例として紹介されています。下川町では、飯田市と比較して公的社会教育活動が立ち遅れているものの、森林環境教育や里山を活用した環境学習などが行われていることが注目されています。

III.社会的排除問題への協同事業と世代間連帯 持続可能な地域づくりの実践

社会的排除問題への取り組みとして、ワーカーズコープ北海道の活動や、高齢者施設「憩いの家」の指定管理事業などが紹介されています。これらの実践は、地域住民を主体とした公共サービスの提供、地域再生世代間連帯の重要性を示しています。また、不登校児童への支援活動を行う北海道自由が丘学園の取り組みは、市民立の教育の可能性を示しています。恵庭市の高齢者施設の指定管理や、釧路市ネットワークサロン活動など、困りごとを起点とした地域づくり実践も紹介されています。これらの実践は、新たなコモンズ(共有資産)の創造に繋がっています。 世代間連帯持続可能な発展(SD)を推進する上で不可欠であり、高齢者若者世代の協働が強調されています。

1. ワーカーズコープによる地域福祉と社会的排除問題への取り組み

このセクションでは、NPOワーカーズコープ恵庭地域福祉事業所の活動が、社会的排除問題への取り組み事例として紹介されています。ワーカーズコープは、恵庭市の高齢者施設「憩いの家」6館の指定管理事業者として、5年間の指定期間を経て2014年度から更新された段階での実践報告がなされています。ワーカーズコープの基本理念である「働く者同士の協同」「利用者との協同」「地域との協同」に基づき、多様な地域づくりに貢献しています。その基本姿勢は、①利用者・市民を主体者とすること、②公共サービスを地域再生・まちづくりの拠点とすること、③協同労働を通して働く人々の主体性を発揮すること、④新たなニーズに応える仕事創出の拠点とすることの4点に集約されています。これらの活動は、社会的に排除されがちな人々のエンパワーメントに重要な役割を果たしており、東日本大震災からの復興過程における仕事づくりにも貢献しています。 さらに、放課後等デイサービスに加え、「みんなの畑」や手作り作品のマーケット、講座などを展開する拠点「もり(母里)のいえ」の構想も紹介され、公共施設を地域課題に応える住民主体のものとする活動が、新しいコモンズの創造に繋がっていることが強調されています。

2. 多世代交流拠点と社会的排除問題 住民主体の活動とコモンズ形成

第1分科会と第2分科会では、貧困・社会的排除問題への取り組みが報告されています。特に、住民代表である社会教育委員が中心となって展開されている実践が注目されています。行政的活動ではなく、地域住民が自ら課題に取り組む姿勢が重要視されており、恵庭市の生涯学習計画づくりやコミュニティスクール、通学合宿といった活動も同様の視点から評価されています。弟子屈町の地域ふれあいサロン・待合室「みちくさ」と長沼町の多世代交流拠点「創年のたまり場『ほっこり』」は、住民主体の自治的運営によるコモンズ形成の実践として紹介されています。これらの活動は、高齢者や子ども、母親、若者など、社会的に排除されがちな人々を対象としており、拠点を媒介とした情報の共有や地域課題の発見・再発見が促進されている点が重要視されています。「みちくさ」はボランティアセンターと併設されていることが、活動の豊かさにつながっている点も指摘されています。

3. 北海道自由が丘学園の事例 市民立の教育と民主主義の実質化

北海道自由が丘学園(報告者:吉野正敏)は、学校として認定されていないことを逆手に取り、オリジナル教材や多様な学習の場を活用し、独自カリキュラムを展開している事例として紹介されています。独自カリキュラムには、「地球に生きる科」「人間科」「表現科」など、広い意味での環境教育や「持続可能で包容的な社会づくり」の担い手育成のための教育実践が含まれています。学習指導要領に規定されない独自の教育だからこそ、学校から排除されてきた子どもたちを対象とした実践が可能となり、既存の学校教育のあり方を問い直すものとなっています。 この報告では、運営上の課題も踏まえつつ、「市民立の教育づくり」の意義と可能性が提起されています。日本と北海道における不登校児童の現状(12万人、4000人)も踏まえ、発展課題は山積みであると指摘されています。諸外国の子ども協同組合や文化協同組合などの活動も参考にしながら、「民主主義の実質化」の重要性が強調されています。

IV.川内原発再稼動と今後の展望 持続可能な社会への道筋

2014年における川内原発の再稼動を背景に、日本の自然エネルギー政策の現状と課題が論じられています。政府の2030年目標における再生可能エネルギー比率の低さ、化石燃料への依存度の高さなどが指摘され、持続可能な社会への実現に向けた課題が示唆されています。植田和弘氏の提唱する「ソーシャル・イノベーション」としての再生可能エネルギー事業の重要性や、E.F.シューマッハーの提唱する「適正技術」と不定型教育の役割が、地域エネルギー経営の観点から論じられています。 地域住民の主体的な参加と協働による地域づくりが、持続可能な社会への鍵となります。

1. 川内原発再稼動とエネルギー政策の現状 再生可能エネルギーの課題

このセクションは、2014年8月11日の川内原発再稼動を契機に、日本のエネルギー政策の現状と課題を論じています。 再稼動は、東日本大震災後の新基準下で行われましたが、責任体制の曖昧さが指摘されています。原油価格低落による火力発電コストの低下、節電と太陽光発電の増加による電力ピークの解消といった現状は、政府の政策決定において考慮されていないと批判的に述べられています。 政府は2030年目標の電力構成として、再生可能エネルギー22~24%、原子力20~22%、残りを化石燃料とする計画を決定していますが、再生可能エネルギー目標比率は原子力発電比率とほぼ同等であり、化石燃料依存度が高い点が問題視されています。この政策目標と姿勢では、自然エネルギー利用社会の実現は困難であると懸念されています。しかし、地域レベルでは自然エネルギーの開発・利用が進展しており、持続可能な社会づくりへの歩みは止められないとも述べられています。今後の課題は、これらの取り組みを全体として円滑に進めることであると結論づけています。

2. 地域エネルギー経営とソーシャル イノベーション 植田和弘氏の提言

日本の環境経済学者である植田和弘氏の『緑のエネルギー原論』の内容が紹介されています。同書では、エネルギー協同組合などによる再生可能エネルギー事業は「ソーシャル・イノベーション」と位置付けられ、計画的に起こすことはできないものの、起こしやすい状況を作ることが可能であると述べられています。地域金融機関と地方自治体の役割に加え、事業主体がネットワークを形成し、経験の交流や相互学習を進めることの重要性が指摘されています。 この文脈で、E.F.シューマッハーの「人間のための経済」と「適正技術」の概念が紹介されています。自然エネルギー技術は、大企業技術や伝統技術ではなく、適正技術(中間技術)であり、「不定型的技術」であると説明されています。その開発・普及においては、「不定型教育Non-Formal Education」が重要な役割を果たすと述べられています。「分権・参加・自治による地域エネルギー経営」を推進する上で不可欠な学習を、「地域づくり教育」として位置づけています。

3. 不定型教育の重要性 地域に根ざした自然エネルギー利用社会への適合性

不定型教育の一般的理解として、①歴史的には1960年代の発展途上国における地域開発教育から提起されたこと、②定型教育と異なり、学習者自らが組織化された教育であること、③定型教育と非定型教育それぞれの特性を活かし、教育全体を実践的に統一していく機能を持つこと、の3点が挙げられています。 これらの不定型教育の基本的特質が、地域に根ざした自然エネルギー利用社会=持続可能で包容的な地域社会づくりに適合的な特質であると結論づけられています。この結論は、川内原発再稼動という現実を踏まえつつ、持続可能な社会に向けた地域主体の取り組みの重要性を再確認する上で、重要な示唆となっています。