HOKUGA: 「新たな懲罰性」の問題(三・完) : いっそう厳しい制裁に犯罪予防効果はあるのか

厳罰化と犯罪予防:効果検証

文書情報

著者

クーリー, ヘルムート

専攻 法学
文書タイプ 論文
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 3.91 MB

概要

I.日本の国民世論と刑罰政策 厳罰化への傾向と課題

本論文は、日本における国民の【犯罪】と【刑罰】に関する意識、特に厳罰化傾向を分析し、その背景にある社会問題を考察しています。内閣府の世論調査データを参照し、国民の厳格な制裁意識の高さを示しています。特に【死刑】や【自由刑】に対する意見、そして【再犯防止】への期待を分析しています。しかし、厳罰化が必ずしも【犯罪発生率】の低下に繋がるわけではない点も指摘、更生や再社会化のための【刑務所の政策】の重要性も論じています。 【被害者】の権利意識の高まりと、その影響についても考察しています。海外諸国(アメリカ、ドイツなど)の状況との比較分析も行われ、【比較犯罪学】の視点からの考察が提示されています。

1. 厳罰化傾向を示す国民世論

内閣府の世論調査では、日本国民の厳しい制裁意識の高さが明らかになっています。これは、個別の面接聴取法を用いた調査結果から示唆されており、国民は犯罪に対して厳格な対応を求めている傾向が強いことが分かります。特に、重大犯罪に対する国民の怒りや憤りは、厳罰化への要求をさらに強める要因となっています。ただし、この厳罰化への世論の高まりを理解するためには、日本の刑法制度における問題点も考慮する必要があります。例えば、日本刑法には、自由刑に代わるものとして公共に役立つ労働といった代替刑が不足している点が挙げられます。この欠如は、国民の厳罰化要求をより強める可能性があります。また、被害者運動の高まりも、刑罰の構成や執行猶予の運用に影響を与えている点にも注目すべきです。被害者の感情や要求は、刑罰政策に大きな影響を与え、厳罰化を促進する要因となっている可能性が高いといえます。

2. 厳罰化と犯罪発生率の関係 因果関係の検証

国民の厳しい制裁意識の高まりと犯罪発生率の関係については、必ずしも明確な因果関係は確認できません。一概に厳しい制裁の減少が犯罪発生率の増加に繋がったと断定することは困難です。過去数年間のデータにおいても、制裁の厳しさ(厳罰化の程度)と犯罪発生率の間に明確な関連性を証明することはできていません。これは、様々な要因が複雑に絡み合っていることを示唆しています。例えば、警察網の密度や社会規範の浸透度合いなども犯罪発生率に影響を与える重要な要素です。また、自由刑や死刑が犯罪抑止効果を持つという主張についても、決定的な証拠は見当たりません。むしろ、人口10万人あたりの認知犯罪件数の増加を踏まえると、厳罰化の減少が犯罪増加に繋がったと解釈することも可能です。ただし、西ドイツと東ドイツにおける犯罪の把握や記録の不正確さなども考慮し、慎重な解釈が必要であることを強調する必要があります。

3. 再社会化と刑務所政策 更生への取り組み

国民の厳罰化要求の高まりとは対照的に、再社会化を目的とした刑務所政策の重要性も強調されています。刑法の強化だけでは問題解決にならないという認識が広がっており、被害者団体や女性団体なども、再社会化への取り組みを重視する意見を示しています。仮釈放や刑務作業など、受刑者の更生を促進するための施策の有効性と、その適切な運用が求められています。特に、再社会化措置の運用がより抑制的な方向に向かっている現状を改善する必要があると指摘されています。 また、白井輪という団体が、被害者補償や拘禁中の受刑者の故意犯罪による被害者への対応など、再社会化に関する問題提起を行っている点を挙げています。 これらの議論から、単なる厳罰化だけでなく、受刑者の社会復帰を支援する更生プログラムの充実が、効果的な犯罪対策において不可欠であることが示唆されています。

4. 国民の懲罰意識と社会不安 複雑な相互作用

国民の懲罰意識、犯罪不安は極めて複雑な概念であり、その背景には社会不安や不安定感といった要因が大きく影響している可能性を示唆しています。特に、社会変化に伴う不安定な社会状況が、国民の懲罰意識を高めていると推測されます。これはアメリカ合衆国や他の西側工業国の調査結果からも裏付けられています。しかし、懲罰性や犯罪不安に関する明確な概念規定が不足しており、様々な調査結果が得られる一因となっています。過去35年間のデータから、国民の懲罰意識が著しく増加したという明確な証拠は見当たりません。 また、政治家の責任感の低下や、大衆メディア、利益団体とのコミュニケーションの歪みも、国民の厳しい犯罪統制への傾向を促進する上で重要な役割を果たしている可能性が示唆されています。政治家自身の党内政治力学の影響を受け、国民との直接的な接触を軽視する傾向があることも指摘されています。

II.大衆メディアと国民感情 厳罰化への世論形成

大衆メディアが国民の【犯罪】に対する不安や恐怖を煽り、【厳罰化】への世論形成に影響を与えている点を分析しています。特に、センセーショナルな報道が国民の感情に強い影響を与え、政治家にも圧力をかける可能性を示唆しています。一方、メディア報道が【犯罪】の実態を歪めて伝え、偏った情報に基づく世論形成が懸念されていることも指摘しています。そのため、バランスの取れた報道と、国民の正確な情報へのアクセスを確保することが重要であるとしています。

1. メディア報道と国民感情 厳罰化への影響

本論文は、大衆メディアの報道が国民の犯罪に対する不安や恐怖を煽り、厳罰化への世論形成に大きく影響を与えている点を指摘しています。特に、センセーショナルな報道や、犯罪の実態を歪めて伝える報道は、国民に強い感情的な反応を引き起こし、厳罰化を求める世論を形成する要因となります。 具体的には、1999年4月の二重殺人事件のような重大事件を例に、メディア報道が国民に強力な感情的反応を引き起こし、厳罰化要求につながる様子が分析されています。 一方、街頭販売の大衆新聞や批判力の弱いテレビ報道などは、犯罪と制裁の実務について表面的な、歪められた情報しか提供しないため、国民の正確な理解を妨げる可能性も指摘されています。こうしたメディアの報道姿勢は、国民の犯罪に対する不安を増幅させ、政策決定にも影響を与えていると考えられます。 このため、メディアの報道姿勢の改善、及び国民への正確な情報提供の重要性が強調されています。

2. 政治への影響と世論の複雑性 多様な要因の関与

メディア報道による世論の高まりは、政治家にも影響を与えます。国民の厳しい犯罪統制への傾向を促進する上で、メディアは決定的な役割を果たしている可能性があります。しかし、その論拠は必ずしも強いとは言えません。 政治家自身も、党内政治力学の影響を受け、国民との直接的な接触を軽視し、内的な下位グループで意見形成を行う傾向があるため、世論は必ずしも政治決定に直接反映されるとは限りません。 さらに、制裁政策や刑事罰に関する世論は、多くの影響要因の1つに過ぎず、非常に複雑な関連性を有しています。 ドイツにおける同様の傾向も指摘されており、大衆メディアや利益団体とのコミュニケーションのあり方、政治における責任感の低下なども、国民の厳罰化要求に影響を与える要因として挙げられています。 つまり、国民感情と政策決定の間に単純な因果関係はなく、多様な要因が複雑に絡み合っていることを示唆しています。

III.犯罪統計の分析と国際比較 日本と諸外国の現状

論文では、日本を含む諸外国(アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス)の【犯罪統計データ】を比較分析することで、各国の犯罪状況と国民の【刑罰】に対する意識の関連性を考察しています。特に、【殺人】【窃盗】等の主要犯罪の発生率を比較し、それぞれの国の社会状況や【刑事司法制度】との関連性を示唆しています。各国のデータの信頼性や統計手法の差異についても言及しています。図表11~13、図16などの統計データを用いて、【犯罪発生率】と【受刑者数】の推移、そして国民の【懲罰意識】との関連性を分析しています。

1. 主要犯罪の発生率と国際比較 日本を含む諸国の状況

この論文では、日本を含むアメリカ合衆国、グレートブリテン、ドイツ、フランスの主要犯罪発生率を比較分析しています。分析対象は、図表11~13に示されている通り、1980年から2005年までの認知主要犯罪(放火を除く指標犯罪、報告犯罪など)、1988年から2005年までの殺人(謀殺、故殺など)、1988年から2005年までの窃盗(窃盗、自動車盗など)です。人口10万人あたりの発生件数または発生率を用いて、各国間の比較が行われています。 これらの統計データから、各国における犯罪状況の差異と、その背景にある社会要因を考察する材料が提供されています。データの解釈にあたっては、各国の犯罪統計の定義や集計方法の違い、特に西ドイツと東ドイツにおけるデータの信頼性に関する懸念も考慮に入れる必要があると指摘されています。 犯罪白書2007年を情報源として、これらのデータが提示され、各国の犯罪対策や社会構造との関連性が分析されています。

2. 犯罪発生率と厳罰化 因果関係の考察

犯罪統計の分析を通して、厳罰化と犯罪発生率の関係性が考察されています。 単純に、厳しい制裁の減少が犯罪発生率の増加に繋がったと結論づけるのは早計であると指摘されています。 過去期間においても、制裁の厳しさ(厳罰化の程度)と犯罪発生率の間に明確な関連性は確認されていません。 このことから、犯罪発生率は、厳罰化の程度だけでなく、警察網の密度、社会規範の浸透度、社会経済状況など、多様な要因によって複雑に影響を受けていることが示唆されています。 また、自由刑や死刑が犯罪抑止効果を持つという主張についても、説得力のある事実はほとんど見られないとされており、犯罪統計データからは厳罰化と犯罪発生率の因果関係は明確に示されていないことが結論づけられています。 図表16では、ドイツ連邦共和国の1961年から2006年までの受刑者数と犯罪発生件数の推移を示しており、このデータも上記分析を補強する材料となっています。

3. 国際比較データに基づく考察 社会構造と犯罪対策

各国における犯罪統計の比較分析を通して、それぞれの国の社会構造や刑事司法制度との関連性が考察されています。 日本の犯罪発生率の低さについては、警察網の密度や社会規範の浸透度合いとの関連性が示唆されており、日本の社会における行為規範の拘束力の高さが犯罪抑止に寄与している可能性が指摘されています。 一方、他の先進国と比較することで、日本の犯罪対策や刑事司法制度の現状と課題、そして国民の犯罪に対する意識や厳罰化への要求との関連性を多角的に分析する材料が提供されています。 特に、ドイツにおける犯罪統計データ(Statistisches Bundesamt, www.destatis.de; Polizeiliche Kriminalstatistik, www.bka.de/pks)を用いた分析は、日本の状況と比較検討するために重要な役割を果たしています。 これらの国際比較を通して、各国の社会状況と犯罪対策のあり方の関係性について考察が深められています。

IV.刑罰政策の現状と課題 効果的な犯罪対策の模索

日本の【刑罰政策】における課題として、過剰な【厳罰化】への偏向と、更生・再社会化のための取り組みの不足が指摘されています。【仮釈放】や【執行猶予】といった制度の運用についても議論されており、より効果的な【犯罪対策】のためには、国民の意識改革、メディアの役割の見直し、そして更生支援策の充実が必要であると結論づけています。【和解】などの非公式な紛争解決手段の活用についても言及しています。アメリカにおける州レベルでの取り組み例も紹介されています。

1. 刑罰政策の現状 厳罰化への偏向と課題

日本の刑罰政策は、国民の厳罰化要求の高まりを反映し、過剰な厳罰化傾向にあると指摘されています。しかし、単なる厳罰化だけでは犯罪問題の解決には至らず、更生や再社会化のための施策が不足している点が課題として挙げられています。 具体的には、仮釈放や執行猶予といった制度の運用が慎重になり、宣告刑の大部分を服役しなければならない状況が生まれています。これは、再犯防止という観点からは有効かもしれませんが、受刑者の更生や社会復帰を阻害する可能性も孕んでいます。 また、刑法を強化することで問題を減少させようとする試みには疑問が呈されており、被害者団体や女性団体などが刑罰政策に積極的に関与する中で、更生支援策の充実が求められています。 こうした状況を踏まえ、より効果的な犯罪対策を模索していく必要性が強調されています。

2. 効果的な犯罪対策 再社会化と更生支援の重要性

より効果的な犯罪対策のためには、単なる厳罰化だけでなく、受刑者の更生と再社会化を支援する政策の充実が不可欠であると論じられています。 刑罰は、行為関係者の自然に与えられた非公式な資源を利用して紛争を解決することを妨げるため、刑法は紛争解決の仲介をするよりもむしろ紛争を拡大させる可能性があると指摘されています。 そのため、和解といった紛争解決手法の活用が重要であり、犯罪被害者を含め、関係者全員が関与するプロセスが求められています。 アメリカ合衆国の州によっては、受刑者数を減少させる取り組みが行われている例も紹介され、これらの取り組みは、より合理的な犯罪対策、費用対効果の高い政策の例として示唆されています。 効率的な犯罪対策には、更生支援プログラムの充実、国民の意識改革、メディアの役割の見直しなど、多角的なアプローチが必要であることが強調されています。

3. 懲罰意識と社会不安 政策決定への影響

国民の懲罰意識の高まりは、社会不安や不安定感と密接に関連している可能性が示唆されています。 しかし、懲罰性や犯罪不安に関する明確な概念規定が欠如しており、そのために実証研究が様々な結果をもたらす原因となっていると批判的に分析されています。 過去35年間のデータから、国民の意識が著しく懲罰的になったとは言い切れないと指摘されています。 政治の側では責任を引き受ける姿勢が後退している傾向があり、大衆メディアや利益団体とのコミュニケーションの歪みも、国民の厳罰化要求を促進する要因となっていると分析されています。 これらのことから、刑事罰や制裁政策についての世論は、多くの影響要因の一つに過ぎず、非常に複雑な関連性を持つことを示唆しています。効果的な犯罪対策は、こうした複雑な要因を考慮した上で策定されるべきであると結論づけています。