国際通貨発行特権と国際通貨制度

国際通貨発行特権:利益と費用

文書情報

言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 5.32 MB
専攻 経済学、国際関係学、もしくは金融学
文書タイプ 論文、修士論文、もしくは博士論文

概要

I.第3章 国際金本位制と国際通貨発行特権

この章では、歴史的な国際金本位制の下での国際通貨発行特権の利点と欠点を分析します。特に、イギリスのポンドと、ジェノア会議での金為替本位制への移行について考察し、複数の基軸通貨が存在した場合の課題(金融的節度、資本の国際移動)を明らかにします。金準備の重要性と、金不足が国際経済に及ぼす影響についても論じています。

1. 国際金本位制下におけるイギリスの経験

この節では、国際金本位制下におけるイギリスの国際収支の安定について論じています。イギリスは、経常収支の黒字もしくはわずかな赤字、そして大幅な対外投資による資本収支赤字というパターンを示していました。これは金為替本位制度下の基軸通貨国に見られる典型的なモデルです。第一次世界大戦後、国際金本位制が崩壊すると、イギリスの経常収支は大きな赤字を示すようになり、国際収支赤字は拡大しました。この赤字は、短期借入れによって賄われ、基軸通貨国としての地位を維持していました。イギリスの金保有量の増加は、金本位制の安定と国際金融市場における優位性を維持することに貢献しました。ロンドン金融市場からの短期資本の貸し出しにより、ポンド不足は発生しませんでした。ただし、第一次大戦以前の短期資本移動に関する統計の欠落により、正確な数値の算出は困難です。

2. ジェノア会議と金為替本位制

この節では、第一次世界大戦後の金不足問題と、ジェノア会議(ヨーロッパ経済復興会議)での議論について述べられています。大戦中の物価上昇と金価格据え置きにより金産出量が減少、経済拡大に伴う金需要の増加を金供給が追いつかず、金がアメリカ、イギリス、フランスに偏在していたことから相対的な金不足が発生し、金価格が高騰しました。各国中央銀行は金保有量に基づいて銀行券を発行していたため、金不足は銀行券発行量の不足、ひいては国際流動性不足につながりました。プリュッセル会議で議論されたこの問題に対し、ジェノア会議で本格的な提言が行われ、「通貨に関する決議」が採択されました。この決議では、各国通貨の安定、中央銀行の政治的独立性と慎重な金融政策、そして中央銀行間の協力の重要性が強調されています。ジェノア会議が目指した金為替本位制において、国際通貨発行特権による利益は、金為替国が複数存在するため限定的でした。金為替国が金融的節度を欠き国際収支赤字を拡大すると、健全な金為替国の通貨への需要が高まり、その地位が危うくなるためです。しかし、複数の金為替国間の資本移動は金為替本位制を不安定化させる可能性も示唆されています。

3. ポンド崩壊の背景と国際通貨制度の課題

この節は、ポンド崩壊の背景と、その後の国際通貨制度の課題について考察しています。19世紀末のアメリカとドイツの台頭、第一次世界大戦後の世界経済構造の変化、そしてイギリスの国際競争力の低下がポンド崩壊の要因として挙げられています。大戦前は、イギリスの原料生産国からの投資収益が貿易赤字を補っていました。しかし戦後、アメリカの工業化やアジア・中南米諸国の工業化により、イギリスの国際競争力は低下し、戦費調達のための対外資産の取り崩しと旧平価復帰によって、1930年以降恒常的な赤字に陥りました。ドイツへの債権の支払い停止による信用不安、メイ委員会報告による国家財政悪化の暴露、そして短期資本の大量流出が金本位制からの離脱を余儀なくさせました。この状況を受け、管理通貨の必要性と国際協力の重要性が指摘され、ドルとポンドを中心とした管理通貨体制の構築が提唱されています。この節では、国際通貨発行特権の乱用が、国際通貨危機と制度崩壊につながることを示唆しています。

II.第6章 IMF体制と国際通貨発行特権 実証的側面

この章では、IMF体制下でのアメリカの国際通貨発行特権とその影響を実証的に分析します。アメリカの対外直接投資国際収支、銀行の国際活動を通して、国際通貨発行特権から得られる利益を計測しようと試みています。ドル過剰の問題や、1971年のニクソンショック(ドルの金交換停止)といった重要な出来事にも触れ、国際通貨の信認維持の難しさについて論じています。アメリカの貿易収支、特に輸出入と投資収益の関係性も分析されています。

1. IMF体制下におけるアメリカの国際通貨発行特権

この節では、IMF体制下におけるアメリカの国際通貨発行特権の実証的分析が中心となっています。アメリカが国際通貨発行特権を保持することで得られる利益の計測を試みており、そのためにアメリカの国際収支、対外直接投資、銀行の国際活動を分析しています。国際収支における経常収支と資本収支(特に対外直接投資)の動向、そしてアメリカの銀行による国際的な信用供与などが詳細に検討されています。この分析を通して、アメリカが国際通貨発行特権をどのように活用し、どのような経済的メリットを得ていたのか、またその特権の行使が国際経済にどのような影響を与えたのかを明らかにしようとしています。 特に、ドルの金交換停止(ニクソンショック)以前の、ドルが国際通貨として機能していた時代におけるアメリカの政策や経済状況が分析の対象となっています。

2. 対外直接投資と多国籍企業 統計上の問題点とアメリカ企業の優位性

この節では、アメリカの対外直接投資、特に多国籍企業の活動と国際通貨発行特権との関連性が論じられています。アメリカが多国籍企業の海外進出を促進した要因として、国際通貨発行特権に基づく国際市場の創出と投資環境の整備が挙げられています。マーシャルプランなどの経済・軍事援助による需要創出、政治・経済情勢の安定化、そして外貨準備に制約されない経済成長政策などが、アメリカ企業の海外進出を促進したと分析されています。しかし、対外直接投資の統計データには、海外子会社の現地調達資金額が計上されないなど、問題点も指摘されています。また、多国籍企業の定義の曖昧さも、信頼できる統計資料の不足につながっていることが指摘されています。アメリカ企業の海外投資は、西欧諸国と比較して直接投資の比率が高く、これは企業規模の大きさや資金調達能力の高さ、そして製品差別化による寡占体制の構築などに起因すると分析されています。ユーロ市場の発展も、多国籍企業の資金需要に応え、アメリカの国際収支対策にも貢献したとされています。

3. アメリカ商業銀行の国際化とユーロダラー市場

この節は、アメリカ商業銀行の国際化と、その過程でユーロダラー市場が果たした役割に焦点を当てています。アメリカは国際通貨発行特権を活用して国際銀行業務を独占し、多国籍企業の海外進出を容易にしていました。特に貿易金融において、アメリカ銀行は巨額の長期輸出入信用供与を世界的に展開していました。しかし、ユーロダラー市場の発展により、ユーロ銀行がより低金利でドル建ての決済資金を貸し付けるようになり、アメリカ銀行の独占は崩れていきました。アメリカ銀行の国際化は、1955年から1965年までの直接融資を中心とした段階と、その後ユーロ市場への進出と現地貸し出し拡大による段階に分けられます。1960年代以降の急激な国際化は、アメリカ多国籍企業の発展、アメリカの国際収支赤字、そしてECの発展が要因として挙げられています。しかし、巨額な海外融資に伴う債務不履行のリスクや、国際金融市場における競争激化により、アメリカ商業銀行は海外進出に慎重になってきています。アメリカ連邦準備制度理事会による1975年末の統計では、アメリカ商業銀行の主要外国支店の融資残高は1410億ドルに達していました。

III.第7章 国際通貨制度改革論

この章では、国際通貨発行特権の観点から国際通貨制度改革を検討しています。改革論を調整、信認と流動性、分配の3つの側面に分類し、より公平なシステム構築の必要性を強調します。具体的な提案として、金に裏付けられた超国家銀行券の発行を提示しています。SDR(特別引出権)の批判点にも触れ、開発途上国への利益分配の問題点を指摘しています。

1. 国際通貨発行特権の観点からの国際通貨制度改革論

この節では、国際通貨発行特権という観点から国際通貨制度改革論を論じています。 既存の国際通貨制度の問題点を踏まえ、より公平に国際通貨発行特権による利益を享受できるシステムの構築が必要だと主張しています。改革論の検討にあたっては、「調整」「信認と流動性」「分配」という3つの側面から分析が行われています。現状の制度では、国際通貨発行特権が特定の国に集中し、その利益が不公平に分配されているという問題意識が背景にあります。より公正な国際通貨制度を実現するための具体的な方策として、金に裏付けられた超国家銀行券の発行が提案されています。この提案は、国際通貨発行特権による利益を世界全体でより公平に分配することを目指しています。 既存の国際通貨制度の不備を明確にし、その改善策として具体的に超国家銀行券発行という提案を提示することで、より良い国際通貨制度への展望を示唆している点が重要です。

2. さまざまな国際通貨制度改革案の比較検討

この節では、国際通貨発行特権による利益の観点から、いくつかの国際通貨制度改革案を比較検討しています。具体的には、ケインズ案とホワイト案が取り上げられており、両者の違いとそれぞれの特徴が分析されています。ケインズ案は信用創造機能を持ち、金の制約を受けにくいことから、国際通貨発行特権による利益をより大きく享受できると評価されています。一方、ホワイト案は一定の基金を使用するため、基金自体は国際通貨発行特権による利益を享受できません。IMF体制はホワイト修正案を骨子としていますが、戦後の圧倒的な経済力を持っていたアメリカは、IMFをある程度意のままに動かすことで国際通貨発行特権からの利益を得ていました。ケインズ案の国際清算同盟とホワイト案の安定基金を比較すると、国際通貨発行特権による利益が絶対的に大きかったのはケインズ案であると結論付けています。この比較を通して、それぞれの改革案の長所短所と、国際通貨発行特権と経済大国の影響力の関係性が明らかになっています。

3. 金本位制 固定相場制度 変動相場制度 最適通貨地域論の検討

この節では、過去の国際通貨制度の形態である金本位制や、固定相場制度、変動相場制度、そして最適通貨地域論について、国際通貨発行特権との関連性から考察しています。金本位制については、リュエフやハイルペリンらの主張を紹介しつつ、賃金・物価の下方硬直性や金の偏在など、復帰の困難さを指摘しています。固定相場制度では、調整面での犠牲が大きく、全世界が単一通貨地域になる場合にのみ実現可能だと述べられています。変動相場制度では、公的機関にとっては国際通貨発行特権による利益は生じないとされていますが、民間取引におけるドルの優位性から、アメリカは依然として利益を得られる可能性を示唆しています。最後に、最適通貨地域論について、マンデルの理論を基に、国際通貨発行特権の集中と分散が通貨地域の規模に及ぼす影響を分析しています。自由変動相場制は各国が国際通貨発行特権を個別に保持する状態、固定相場制は特権が特定国に集中する状態に対応すると位置付けています。そして、国際通貨発行特権を持つ通貨地域の便益が費用を上回る、もしくは費用が小さく抑えられている場合に、通貨地域が形成されると結論づけています。

IV.補論第2章 通貨発行特権と最適世界中央銀行

この補論では、通貨発行特権と中央銀行の構造との関係を考察し、世界中央銀行設立の可能性を検討します。R.マンデルの理論に基づき、実質所得の最大化を目的とした最適な中央銀行構造を探ります。インフレーションの問題と、金と紙幣の代替可能性についても議論されています。

1. 通貨発行特権と中央銀行の構造 実質所得の極大化

この節では、通貨発行特権と中央銀行の構造との関係、特に最適な中央銀行構造が実質所得の最大化にどのように貢献するかを、マンデルの理論を基に考察しています。マンデルが考える最適な中央銀行構造とは、預金利子率、資産利子率、収益を生む資産と生まない資産の構成、そして新準備資産の導入方法といった要素を考慮し、貨幣のサービスを含む実質所得を最大化できる構造のことです。 この節では、世界中央銀行設立の可能性についても触れられています。中央銀行の構造と通貨発行特権、そして実質所得の関係性を分析することで、より効率的で公平な通貨システム構築への道筋を示唆しています。 特に、金が唯一の国内流通手段である場合と、金が圏内通貨で代替される場合の比較を通して、世界経済全体での最適な通貨政策を探求している点が重要です。

2. 金の二重性と社会的節約

この節では、金が貨幣であると同時に商品でもあるという現実的な側面を踏まえ、金と紙幣の代替可能性について論じています。金本位制下では、銀行券は金と固定レートで交換できますが、物価上昇下では金と銀行券の相対価格は下落します。そのため、金の相対価格が下落すると、金は装飾品や工業資本として吸収されていく可能性があります。この節では、図表を用いながら、金本位制からの離脱によって達成できる社会的節約について議論しています。純粋な金本位制からの離脱による利益を、金が一定の価格で民間企業に吸収されるケースと比較することで、金の部分的代替による効果を検証しています。世界各国における金の代替は、世界全体の金の実質価値の減少と、紙幣の実質価値の変化をもたらすと分析されています。この分析から、金と紙幣の代替による経済効果と、その分配の問題点が明らかになります。

V.補論第3章 最適通貨地域の考察

この補論では、最適通貨地域論国際通貨発行特権の観点から位置づけます。固定相場制変動相場制の長所・短所を比較し、国際通貨発行特権の集中と分散が通貨地域の形成にどのように影響するかを分析します。ケネン(Kenen)の輸出の多様化に関する規準など、様々な理論的枠組みを用いて議論を展開しています。

1. 最適通貨地域論の基礎 マンデルの議論と批判

この節では、マンデルによる最適通貨地域論が紹介され、その核心的な概念が説明されています。マンデルは、変動相場制度が対外収支の不均衡を是正する効果を持つ一方、地域間の不均衡を是正するには不十分であると指摘しています。 具体的には、変動相場制下では、需要シフトによって一方が失業、他方がインフレに直面する可能性があり、両者を同時に回避するには地域間の労働移動が必要であると述べています。 しかし、この労働移動の容易さは、最適通貨地域形成における重要な条件であるとされています。さらに、マンデルの議論は、地理的な地域区分ではなく、経済的な製品構成(product mix)に基づいた地域区分を必要としていると解釈されています。 この節では、マンデルの理論の枠組みと、その理論が持つ限界が示されています。

2. 最適通貨地域の規準 労働移動性 資源分布 財政政策の役割

この節では、最適通貨地域を形成するための規準について論じています。複数の規準が提示されており、それらはマンデルやケネン、マッキノンといった経済学者の理論に基づいています。具体的には、生産資源の一様な分布あるいは高度な要素移動性、中央財政当局の補整的方策、そしてある程度の経済規模と自給度などが挙げられています。 これらの規準は、通貨統合による経済的メリットとデメリットを比較検討するために用いられています。要素移動性の高さが、地域間での経済ショックの吸収能力を高め、固定相場制の有効性を高めると論じられています。一方、中央財政当局による補整的方策は、地域間格差を是正する役割を果たすと考えられています。また、経済規模と自給度の大きさは、変動相場制が円滑に機能するかどうかにも影響するとされています。この節では、最適通貨地域論における様々な条件と、それらの相互関係が明確に示されています。

3. 輸出の多様化と最適通貨地域 ケネンの批判と開発途上国の立場

この節では、ケネンの「輸出の多様化」という規準が紹介され、マンデルの議論への批判と合わせて考察されています。ケネンは、マンデルの労働移動性の規準や経済的地域の概念を批判し、輸出の多様化が固定相場制の有効性に影響すると主張しています。多様化した経済は規模が大きく、外国貿易部門が相対的に小さいため、固定相場制が有力となるとされています。しかし、この議論は産業間における資源配分の変化には当てはまるものの、景気変動やインフレの国際間の相違による国際収支不均衡には当てはまらないとケネン自身も認めています。この節では、開発途上国のような一次産品輸出国を例に、彼らが変動相場制から得られる利益は少なく、国際通貨発行特権を保有するよりも、より大きな通貨地域の一部になることを望む可能性が示唆されています。 様々な経済学者の意見を比較検討することで、最適通貨地域論における多角的な視点が提示されています。