HOKUGA: 「羅須」からめぐるふたつの須弥山 : 宮澤賢治「羅須地人協会」命名考

宮澤賢治「羅須地人協会」命名考

文書情報

言語 Japanese
フォーマット | PDF
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著者

吉村 悠介

概要

I.宮澤賢治 羅須地人協会 の命名と西域のイメージ

本論文は、宮澤賢治の「羅須地人協会」の命名に焦点を当て、その背景にある西域イメージを考察する。特に、チベットカイラス山マナサロワール湖といった地理的要素が、賢治の創作に与えた影響を分析する。慧海の旅行記や、ヘディンの探検記録といった資料から、賢治が西域への強い関心を抱いていたこと、そしてそれらの地理的・宗教的イメージが彼の作品世界に深く根付いていることを明らかにする。特に、仏教須弥山といった宗教的概念との関連性にも触れ、賢治の独特な世界観の形成に迫る。

1. 西域イメージの形成 旅行記と探検記録の影響

宮澤賢治の創作における西域のイメージ形成に、旅行記と探検記録が大きな影響を与えたことが示唆されている。特に、スイス人探検家スベン・ヘディンに関する記述が複数箇所に見られる。ヘディンはタクラマカン砂漠で廃墟を発見したことで知られ、その探検記録は宮澤賢治に強い影響を与えたと推測できる。さらに、賢治はヘディンの著作を原文で読んだ可能性も示唆されており、その影響の深さがうかがえる。また、慧海の旅行記についても言及されており、カイラス山巡礼の記述などが賢治の創作にインスピレーションを与えた可能性が高いと推察されている。これらの資料を通して、賢治が西域、特にチベット地方の地理的・文化的要素を詳細に知っていたことが明らかになり、その知識が彼の創作に深く反映されていると考察できる。彼のメモには、「どこでモンブランが頭を上げているかを知らないところの全人類の四分の一なるヒンズー教徒および仏教徒で、カイラーサを知らぬ者は一人もいない」といった記述があり、カイラス山への深い関心の高さが示されている。これらの事実は、宮澤賢治の創作において、西域、特にチベット地方が重要な舞台として機能していたことを裏付けている。

2. 特定の地名への関心 クチャと仏教との関連

宮澤賢治は、特定の地名に強い関心を示していた。特に、クチャは妙法蓮華経の訳者である鳩摩羅什の生地として、賢治にとって非常に重要な場所だったと考えられる。この関心は、単なる地理的な興味を超え、仏教との深いつながりを示唆している。西域への関心が高まる背景として、流砂に埋もれた古代の遺物や遺跡の存在が徐々に知られるようになったことが挙げられる。19から翌年にかけて行われたホートン遺跡の詳細調査で多くの美術品や古文書が発掘されたことは、西域への関心の高まりに拍車をかけたと言える。また、宮澤賢治を魅了したミランの有翼天子の壁画もスタインによる発見であったことからも、考古学的な発見が彼の創作に影響を与えたことがわかる。これらの事実から、宮澤賢治の西域への関心は、単なるロマンチックな憧憬ではなく、仏教や歴史、考古学といった多角的な視点に基づいていたことがわかる。

3. 地理的正確性と文学的表現 マナサロワール湖の描写

マナサロワール湖の描写は、地理的に正確な描写がなされており、単なる想像に基づくものではないことがわかる。この湖はパミールの南東に位置する山上湖であり、その地理的位置は正確に捉えられている。この正確な描写は、賢治が西域に関する知識を深く有していたことを示す証拠となる。また、ツェラ高原の過冷却湖畔の記述は、天の銀河の一部のように表現されており、地理的描写と文学的表現の融合が見られる。これらの描写は、賢治の西域に対する深い知識と、それを作品に反映させる能力の高さを示すものである。 さらに、インドを発した仏教の北伝ルートや、マナサロワール湖が阿耨達池であるという説が当時仏教界に流布していたことも、賢治の西域イメージ形成に影響を与えた可能性がある。このように、地理的正確性と文学的表現のバランスが、賢治の作品に深みとリアリティを与えていると言える。

4. 西域イメージと宗教的象徴 カイラス山と須弥山

論文では、カイラス山が宗教的な意味合いにおいて特異な存在として扱われている点に注目している。カイラス山は、チベットの聖地であり、ヒンズー教徒や仏教徒にとって重要な場所である。賢治は、このカイラス山を、須弥山という仏教における宇宙の中心山と重ね合わせて捉えていた可能性が高い。この解釈は、彼の作品世界に神秘性と深みを与えている。 また、文章中では、慧海の旅行記においてカイラス山を巡ることが「この世の本望の一つ」と大文字で強調されている点が指摘されている。これは、賢治が慧海の旅行記を参考に、カイラス山を巡礼の対象として捉えていた可能性を示唆している。さらに、賢治の作品には、慧海の旅行記からの着想と推察される描写がいくつか見受けられるとされている。これらの事実は、賢治の西域イメージが、単なる地理的知識ではなく、宗教的な象徴や思想と深く結びついていることを示唆している。

II.早池峰と賢治の農村観

賢治の作品における早池峰は、単なる地理的描写を超えた象徴的な存在である。論文では、賢治が早池峰を「スノードン」と呼んだことや、彼が携わった稗貫郡の土壌調査などから、賢治の農村観、そして自然への深い理解と共感を読み解く。北上山地の自然環境、特にヤマセといった気象現象が、彼の作品世界にどのように影響を与えたかを考察する。また、日本の伝統的な他界観と賢治の心象風景の繋がりにも言及する。

1. 早池峰と宮澤賢治 象徴としての山

宮澤賢治の作品において、早池峰は単なる地理的背景ではなく、象徴的な存在として捉えられる。 特に、賢治が早池峰を「スノードン」と呼称したという記述は興味深い。この呼称は、賢治が早池峰に特別な感情を抱き、イギリスの雪ドン山と重ね合わせていた可能性を示唆している。この呼び名は、単なる地理的類似性だけでなく、早池峰が賢治の精神世界において特別な意味を持っていたことを示していると考えられる。また、早池峰は北上山地を代表する山として、賢治の故郷である花巻の風景と密接に結びついている。 彼の作品世界において、早池峰は単なる風景描写の対象を超え、彼の内面世界を反映する象徴としての役割を果たしていると言える。

2. 農業と早池峰 ヤマセと土壌調査

早池峰と賢治の農村観を考える上で、ヤマセという気象現象と、彼が携わった土壌調査が重要な要素となる。ヤマセは、日本海から内陸に吹き込む偏東風であり、早池峰を含む北上山地の気候に大きな影響を与えている。賢治は、高農時代には稗貫郡下の土性調査にも携わっており、北上山地の地質や土壌組成に精通していたと考えられる。この経験は、彼の農村観や自然観の形成に深く影響を与えたと推測できる。 北上山地の土壌は場所によって異なっており、例えば南面する薬師岳は花崗岩から成り立っているが、早池峰周辺の土壌は異なる組成をしている。賢治はこれらの違いを理解しており、その知識が彼の作品に反映されている可能性が高い。早池峰と農業との繋がりは、ヤマセだけでなく、こうした土壌調査を通して培われた深い知識に基づいていると言える。

3. 北上山地の自然と賢治の心象風景

早池峰は、北上山地の重要な位置を占めており、賢治の心象風景においても重要な役割を果たしている。北上山地の南部と北部を分ける中心的な存在として、早池峰は賢治の故郷の風景を象徴的に表していると言える。 彼の作品には、北上山地特有の自然、例えば青い松並木や萱の花といった描写が多く見られる。これらの描写は、単なる風景描写にとどまらず、賢治の故郷への深い愛着と、自然に対する鋭い観察眼を示している。また、彼の作品には、日本の古来からの他界観が反映されているとされ、早池峰を含む北上山地の自然が、その世界観の形成に大きな影響を与えていると考えられる。下根子桜あたりから早池峰を望む風景など、具体的な地理的描写を通して、賢治の故郷への思い入れが強く感じられる。

III.宗教的象徴としての地理空間

賢治の作品に繰り返し登場する地理的空間は、単なる舞台設定ではなく、宗教的・象徴的な意味合いを持つ。クチャ(鳩摩羅什の生地)への強い関心や、妙法蓮華経への言及などから、彼の宗教観、特に仏教との関わりを分析する。インド発祥の仏教が北伝したルートや、パミール高原といった地理的背景と、賢治の作品世界との関連性を明らかにする。これらの地理空間が、彼の作品に独特の神秘性と深みを与えていることを示す。

1. クチャと鳩摩羅什 仏教と地理空間の結びつき

宮澤賢治の作品における地理空間は、単なる舞台設定ではなく、宗教的・象徴的な意味合いを持つと解釈できる。特に、クチャは妙法蓮華経の訳者である鳩摩羅什の生地として、賢治にとって特別な意味を持っていたと考えられる。 このことは、賢治が単に地理的な興味だけでなく、仏教という宗教的な文脈においてクチャを捉えていたことを示唆する。クチャへの関心は、彼の作品世界における宗教的・文化的背景を理解する上で重要な鍵となる。 彼の作品における地理的空間は、仏教の伝播や歴史的な出来事と深く結びついており、単なる場所ではなく、宗教的な象徴や物語性を帯びた空間として描かれていると見ることができる。 これは、彼が仏教思想に深く関心を抱き、その思想を作品世界に反映させていたことを示す証拠と言える。

2. カイラス山とマナサロワール湖 聖地としての描写

カイラス山とマナサロワール湖は、チベット地方の聖地として知られており、宮澤賢治の作品世界において重要な役割を果たしている。 これらの地理的空間は、単なる風景描写ではなく、宗教的な象徴や神秘性を帯びた空間として描かれていると解釈できる。 特に、マナサロワール湖は、パミールの南東に位置する山上湖として地理的に正確に描写されており、賢治の知識の深さが窺える。また、当時、マナサロワール湖が阿耨達池であるという説が仏教界に流布していたという文脈も重要である。 これらの地理空間の描写は、賢治の作品に独特の神秘性と深みを与えている。 カイラス山とその周辺は、宗教的な意味合いにおいて特異な存在とされ、賢治の作品世界においても、その特別な位置づけが強調されている。

3. 西域への関心と仏教的宇宙観 須弥山との関連性

宮澤賢治は西域、特にチベット地方の地理的空間を、仏教的な宇宙観と結びつけて捉えていた可能性が高い。 彼のメモにある「カイラーサを知らぬ者は一人もいない」という記述は、カイラス山への強い関心の高さを示すだけでなく、彼の仏教的な宇宙観の一端を垣間見ることができる。 西域のイメージは、単なる地理的な知識にとどまらず、仏教における須弥山という概念と結びつき、彼の作品世界における象徴的な意味合いを持つ空間として機能していると言える。 また、パミール高原周辺までの漠然としたイメージや、インド発祥の仏教の北伝ルートといった地理的背景も、彼の作品世界の形成に影響を与えていると考えられる。 これらの地理空間は、賢治の作品において、現実と超越の世界を繋ぐ媒介としての役割を果たしていると言える。

IV.作品における象徴とイメージ

論文では、宮澤賢治の作品に見られる象徴的なイメージ、例えば「レジン」や「天上 の 飾られた食卓」といった描写に着目し、それらのイメージが彼の宗教観や自然観とどのように結びついているかを分析する。また、作品における「風」や「雲」といった自然現象の描写も重要な要素であり、それらが彼の独特な世界観を構築する上で重要な役割を果たしていることを示す。

1. 天上 飾られた食卓 のイメージ 聖餐と自然の融合

宮澤賢治の作品には、「天上 飾られた食卓」という象徴的なイメージが登場する。この描写は、単なる食事の描写ではなく、聖餐を連想させる宗教的な含みを持つ。 記述されているのは、山椒の香料から蜜や様々なエッセンス、碧眼の蜂、冷たいゼラチンの霧、桃色に燃える電気菓子、ひまわりの緑茶をつけたカステラ、なめらかで粘っこい緑や茶色の蛇紋岩、昔風の金米糖など多様な要素である。 これらの要素は、自然の恵みと人工的なものの融合、そして豊かさや喜びを表していると言える。 「天上 飾られた食卓」は、物質的な豊かさだけでなく、精神的な充足感や喜びを表現した象徴的なイメージと言える。これは、彼の作品世界における自然と宗教、現実と理想といった様々な要素の融合を示している。

2. 自然現象の象徴化 風と雲の描写

宮澤賢治の作品において、風と雲は単なる自然現象としてではなく、象徴的な意味を持つ重要な要素として描かれている。 特に、夏に出穂前後、霧や雲を伴って日本海から内陸に吹き込む偏東風(ヤマセ)は、北上山地の農村生活に大きな影響を与える。 そのため、彼の作品には雲の動向を意識した描写が多く見られる。 ヤマセは、北上山地の風景や農村生活に影響を与える重要な自然現象である一方、作品の中では、より抽象的な、あるいは象徴的な意味合いを帯びている可能性がある。 風や雲の描写は、自然の力や移ろいやすさ、そして人間の運命などを象徴的に表現していると考えられる。これらの描写は、彼の作品に奥行きと複雑さを与えている。

3. 象徴としての レジン 物質と精神の融合

本文中に断片的に現れる「レジン」という語は、その具体的な意味は不明だが、作品世界における象徴的なイメージを理解する上で重要な要素となる可能性がある。 「レジン」は、樹脂や合成樹脂などを指す可能性があるが、文脈からは、より抽象的な、精神的な意味合いも持ち合わせていると考えられる。 例えば、レジンが様々なエッセンスや蜜と結びついて描かれていることから、自然の力や生命力、あるいは神秘的な力を象徴している可能性がある。 この「レジン」という曖昧な表現を通して、宮澤賢治は、物質世界と精神世界、現実と理想といった境界を曖昧にすることで、独特の世界観を表現していると言える。 今後の更なる分析により、「レジン」の持つ象徴的な意味合いをより明確に解明することが必要である。