
当事者照会と制裁:民事訴訟法の改革
文書情報
著者 | 酒井 博行 |
専攻 | 民事訴訟法 |
文書タイプ | 論説 |
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 1.50 MB |
概要
I.民事訴訟法改正研究会による当事者照会改正提案
民事訴訟法改正研究会(代表:三木浩一教授)は、当事者照会の実効化を目指し、2012年に改正提案を発表しました。この提案は、当事者主義的民事訴訟における証拠開示の円滑化を目的とし、事実整理の促進を図ることを目指しています。重要な点として、回答拒絶に対する制裁型スキームの導入、具体的には回答拒絶事由の有無に関する裁判所の裁定と、回答拒絶に対する各種制裁(訴訟費用負担、過料など)の導入が提案されています。制裁は裁判所の裁量に委ねられる点が特徴です。
1. 改正提案の目的と当事者主義的民事訴訟
民事訴訟法改正研究会による当事者照会改正提案の主要な目的は、民事訴訟関連の事実や証拠に関する情報の当事者間での共有を促進し、当事者主導の実効的な争点整理を実現することです。これは、裁判官が積極的に事件処理を行う現状の日本の民事訴訟における課題、特に、当事者と弁護士が自発的に事実や証拠を提出せず、裁判官に依存する傾向を改善することを目指しています。改正提案は、当事者主義的民事訴訟、すなわち当事者自らが積極的に訴訟を推進していく仕組みを強化することを目指し、そのための基盤整備の一環として位置付けられます。より効率的で公正な訴訟運営を促進するために、当事者間の情報共有を円滑化することが、この改正提案の根底にあります。この目的達成のため、研究会は、当事者照会の改善と、効果的な情報開示を担保するための新たなメカニズムの導入を提案しています。
2. 回答拒絶事由の明確化と回答義務の強化
改正提案では、回答拒絶事由の明確化が重要な要素となっています。具体的には、訴訟との関連性が明らかに認められない照会や、相手方の私生活上の重大な秘密に関する照会などが、回答拒絶事由として追加されることが提案されています。これにより、正当な理由なく回答を拒否される事態を抑制し、当事者照会の有効性を高める狙いがあります。同時に、回答義務を明確化し、相手方当事者の回答義務違反に対する制裁を導入することが提案されています。これは、当事者照会における情報開示の不履行に対する明確なペナルティを設けることで、当事者の協調的な姿勢を促し、訴訟の迅速化・効率化に貢献することを目指しています。回答義務違反に対する制裁の導入は、当事者照会の実効性を高める上で非常に重要な要素であり、より当事者主導の訴訟運営を実現するための重要な一歩となります。
3. 裁判所の裁定と制裁型スキームの導入
改正提案の中核を成すのが、裁判所の裁定と制裁型スキームの導入です。当事者または相手方当事者は、回答拒絶につき回答拒絶事由があるか否かの裁定を裁判所に求めることができ、その理由を書面で通知する義務が課せられます。この裁判所の裁定を踏まえ、回答拒絶に対する制裁が科される仕組みが提案されています。制裁は、裁判所の裁量に基づき、訴訟費用の一部または全部の負担、過料、真実擬制など、様々な選択肢が用意されています。この裁量性の付与は、個々の事件の状況に応じて柔軟に対応できる点をメリットとしています。しかしながら、制裁の適切な運用や、実効性確保のための具体的な基準設定については、さらなる検討が必要とされています。この制裁型スキームは、単なる威嚇ではなく、当事者間の情報共有を促進するための重要なインセンティブとして機能することが期待されています。三木浩一教授を代表とする研究会は、この提案を通して、日本の民事訴訟における当事者主義をより一層強化しようとしています。
II.当事者照会制裁型スキーム化の方向性
本章では、アメリカ連邦民事訴訟規則のディスカバリ制度、特に質問書とそれに伴う制裁制度と、日本の当事者照会制度に関する改正提案を比較検討し、日本の当事者照会の制裁型スキーム化の方向性を示唆しています。訴え提起後の当事者照会(法163条)に焦点を当て、制裁の手続き、制裁の種類(訴訟費用負担、過料、真実擬制など)、そしてその実効性の確保について議論しています。回答命令違反に対する制裁の適用基準や、制裁のバランス、実効性を確保するための課題が提示されています。
1. 制裁手続きの現状と課題
本章では、当事者照会の制裁型スキーム化の方向性を、アメリカ連邦民事訴訟規則(FRCP)のディスカバリ制度と比較検討しながら提示しています。特に、FRCP Rule 37で規定されている、ディスカバリ義務懈怠に対する制裁とその手続きを詳細に分析しています。日本の日弁連による改正提案では、裁判所による回答促し、回答命令、そして制裁という段階的な手続きが提案されている一方、その理由が資料からは明確ではありません。 この点において、アメリカ合衆国におけるディスカバリー制度における強制命令と、それに伴う制裁手続きを詳細に分析することで、日本の当事者照会制度の改善に繋がる示唆を得ようとしています。既存の日本の制度では、効果的な情報開示のための直接的な制裁スキームが欠如している点が指摘されており、本稿では、その改善策として、制裁型スキームの導入を提案しています。
2. 制裁の種類と実効性確保の検討
当事者照会における回答拒否に対する制裁の種類として、訴訟費用負担、過料、真実擬制などが検討されています。訴訟費用負担については、訴額の大小によって実効性に差が生じる可能性が指摘され、低額訴訟では実効性確保が困難になる可能性が示唆されています。過料については、民事訴訟法上の他の過料規定とのバランス、そして照会者への補償と相手方への懲罰のどちらを重視するかにより、金額設定や適用基準が大きく影響を受けます。真実擬制は柔軟な制裁となりうる一方で、照会事項の性質によっては実効性が乏しい場合も考えられます。 文書提出命令に従わない場合の真実擬制に関する法224条3項を参考に、証明困難性などを考慮した慎重な検討が必要であることが述べられています。このように、様々な制裁の種類と、それらを用いた際の効果的な運用、実効性確保のための課題が、具体的な事例を交えながら議論されています。
3. 制裁の目的と機能 威嚇と行動促進
当事者照会における制裁型スキームの導入目的について、回答拒否に対する制裁を直接的な懲罰と捉えるのではなく、威嚇を通じて回答義務履行を促し、当事者間の情報収集・共有を円滑化するための手段として捉えるべきという視点が提示されています。田中成明教授の「行動促進機能」論を参考に、強制的な命令システムとしての機能よりも、当事者間の自主的な活動促進を重視するべきという考え方が示されています。 文書提出命令に関しても同様の議論が展開されており、命令発令に至る前に当事者から任意の提出がなされるケースが多く、制裁制度はあくまで最終手段として位置づけられるべきであるという意見が述べられています。 この章では、制裁型スキーム導入の目的を、単なる罰則ではなく、当事者間の円滑な情報共有を促進するためのインセンティブとして捉え、その効果的な運用方法について詳細な考察が行われています。
III.再交渉義務に関する考察
このセクションでは、契約法における再交渉義務について、山本顯治教授や石川博康教授らの見解を参考に考察しています。特に、契約締結後の事情変更等による契約改訂課題の解決において、当事者の自律的な意思決定を促進するためのプロセスとしての再交渉義務の役割に注目しています。再交渉義務の正当化根拠、具体的な内容(情報提供義務、誠実な交渉義務など)、成立要件などが議論されており、当事者の自律性を支援するプロセス関連規範としての再交渉義務の重要性が強調されています。 山本教授の「交渉促進規範」論、石川教授の自律支援規範論などが重要な要素です。
1. 再交渉義務の正当化根拠と目的
このセクションでは、契約法における再交渉義務の正当化根拠と目的について、主に山本顯治教授と石川博康教授の見解を比較検討しています。山本教授は、契約法規範を当事者間の交渉関係を成立させる、あるいは活性化させるための枠組みと捉え、その機能の一つとして再交渉義務を位置づけています。特に、契約締結後の事情変更等によって生じる複雑な契約改訂課題の解決において、当事者間の継続的な協議を促進する役割を強調しています。一方、石川教授は、再交渉義務を、契約改訂課題の解決を当事者自身の自律的な意思決定によって実現させるための「自律支援規範」と位置づけています。 両教授の意見は、契約関係の複雑化や長期的な関係維持の重要性が増す中で、当事者の自主的な交渉を促進し、多様な解決オプションの発掘を図るという共通の目的を共有しているものの、規範の性格やアプローチ方法に違いが見られます。この違いは、契約法規範の解釈や設計に際して重要な示唆を与えています。
2. 再交渉義務の具体的な内容とプロセス
再交渉義務の具体的な内容については、石川教授の見解が詳しく述べられています。契約改訂提案の申し出と検討に関する義務、交渉プロセスの形成に関する義務(交渉期間・場所の決定、情報提供、第三者関与など)、そして誠実な交渉義務(詐欺・強迫行為の禁止、既成事実の不当な作成など)の三つの側面から構成されています。 これらの義務は、単に契約改訂の結果を直接的に規制するものではなく、当事者が自律的な意思決定を行うための基盤を整備し、そのプロセスを構造化することで、多様な解決オプションを発見することを促進することを目指しています。 このプロセス重視のアプローチは、契約改訂における当事者の主体的な関与と創造的な解決策の発見を重視するものであり、従来の契約法規範の枠組みを超えた新たな視点が提示されています。
3. 再交渉義務の成立要件と課題
再交渉義務の成立要件としては、法的契約改訂課題の存在が挙げられ、さらに、その課題の複雑性や、再交渉を困難にする事情の有無も考慮されるべきであると指摘されています。 これは、再交渉義務が、すべての契約改訂に適用されるものではなく、特定の状況下で初めて有効に機能するものであることを意味します。 また、機会主義的な再分配要求などの再交渉の消極的な機能を最小限に抑える必要性も強調されています。 契約改訂課題の解決を当事者の自律的な関係形成のみに委ねることはできないという前提の下、再交渉義務は、当事者の自律的な意思決定を積極的に支援するための制度として位置づけられています。 このセクションでは、再交渉義務の成立要件、その具体的な内容、そしてその運用における課題が詳細に検討されています。