HOKUGA: 民事判例研究 大阪高判平成28年7月15日(大阪内外液輸新株発行無効請求事件)

新株発行無効:大阪高判平成28年判決

文書情報

著者

Kusama, Hideki

専攻 Law
場所 大阪
文書タイプ 判例研究
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 766.59 KB

概要

I.新株発行の無効に関する判決概要

本判決は、非公開会社であるY社が行った新株発行が、会社法に違反し、特に不公正発行に当たるとして、その無効を認めたものです。Y社は、株主割当と称しながら、実際には既存株主であるX社等の持株比率を低下させ、E親子による支配権維持を目的として新株を発行しました。会社法202条4項募集事項通知(申込期日の2週間前までに株主に通知)が遵守されず、新株発行差止仮処分にも違反していた点が問題視されました。具体的な株主構成は、Y社(発行済株式総数12,000株)の主要株主として、A社(9600株、E親子支配)、X社(1200株)、C(1200株)が存在し、新株発行によりE親子の支配権強化が図られました。本件は支配権争いが背景にあり、持株比率の変動が重要な争点となっています。

1. 新株発行の目的と手法

本判決で争われたのは、Y社による新株発行の有効性です。Y社は、株主割当という名目で新株を発行しましたが、その真の目的は、E親子による経営権の維持・強化にあったと判断されました。Y社の株主名簿には、E親子が支配するA社が発行済株式総数の80%を保有している旨が記載されており、この状況を利用して、新株の80%をA社に割り当てることで、将来的にもY社の経営権を確保しようとしたのです。この新株発行は、既存株主であるX社による差止請求が認められたにも関わらず、仮処分決定の送達後も手続きを中止しなかった点も問題視されています。 具体的には、平成26年8月26日に、所有株式12株につき新株式1株の割合で、A社、X社、C取締役に対して割当が行われました。 この新株発行方法(株主割当)は、会社法上、株主総会決議を必要としないケースとして規定されていますが、本件ではその手続きにおける重大な瑕疵と不公正性が問われました。

2. 会社法違反 募集事項通知の欠缺

裁判所は、本件新株発行において、会社法202条4項の規定である「募集事項等の通知」に違反があったと認定しました。同条項は、株主割当の場合でも、申込期日の2週間前までに株主に募集事項を通知することを義務付けています。しかし、Y社は、申込取扱期間を平成26年8月22日から9月5日と定めながら、通知を行ったのは8月22日と、法定期間を一日下回っていました。この遅延により、X社は新株発行を差止める機会を十分に与えられなかったと判断されたため、会社法違反を構成すると結論付けられました。この違法は、新株発行手続きにおける重大な法令違反であり、新株発行の無効原因になるとされました。 判決は、旧商法下での株主割当に関する通知規定と比較検討を行い、会社法下においても、株主に差止請求の機会を付与するという通知の趣旨を明確にしています。

3. 不公正発行の認定と株主への不利益

本判決は、Y社の新株発行が「著しく不公正な方法」による発行(会社法210条2号)に該当すると結論付けました。 形式的には株主割当でしたが、その本質はE親子による支配権維持であり、資金調達目的は明確ではありませんでした。仮に、関連訴訟でE親子が敗訴した場合、C派の株主がY社の支配権を握る可能性があり、それを阻止するために新株発行が行われたと判断されました。 X社の持株比率は新株発行前後で変化しませんが、裁判所は、この新株発行によってC派(X社を含む)がY社の支配権を得る可能性が損なわれたと、実質的な不利益を認めています。 従来の判例では、不公正発行の判断にあたり、株主の持株比率の低下が中心的な要素でしたが、本判決では、支配権争いの文脈での実質的な影響力の変化を重視した点が特徴的です。

4. 関連訴訟と株主構成

本件新株発行は、E親子とC派との間の支配権争いが背景にあります。平成23年頃から始まった争いは、Y社の株式7200株の譲渡を巡る訴訟(本件株券引渡等請求訴訟)に発展しました。この訴訟において、C派のI(Cの姉)は、E派のH(E親子の親族)に対して訴訟を起こし、仮処分によってY社の株式3600株の譲渡を禁止していました。 この状況下で、A社(E親子支配、持株比率80%)が、Y社の株式の過半数を保有するために新株発行を計画したと判断されています。 Y社の株主構成は、A社(9600株)、X社(1200株)、C取締役(1200株)であり、新株発行によってE親子の支配権がさらに強化されたと結論付けられています。

II.割当通知に関する瑕疵と新株発行の無効原因

裁判所は、会社法202条4項に基づく割当通知に瑕疵があった点を指摘しました。Y社は、申込取扱期間を8月22日から9月5日と定めながら、割当通知を8月22日に行い、2週間前の要件を満たしていませんでした。この瑕疵が、新株発行の無効原因となるかについては、従来の商法解釈(新株引受権の有無)や会社法の解釈(公開会社と非公開会社の違い)に関する議論が展開されています。 本判決は、割当通知の遅延が株主に新株発行を差止める機会を与えなかったとして、新株発行の無効を支持しました。

1. 会社法202条4項違反 割当通知の遅延

本判決は、Y社の新株発行における会社法202条4項違反、すなわち割当通知の瑕疵を明確に指摘しています。同条項は、株主割当方式による新株発行において、申込期日の2週間前までに株主に割当通知を行うことを義務付けています。しかしながら、Y社は平成26年9月5日を申込期日としながら、割当通知を同月22日に行いました。これは、法定期間である2週間前の要件を一日満たしていない、重大な瑕疵です。この遅延は、株主であるX社に対し、新株発行を差止める機会を十分に与えなかったと判断されました。裁判所は、この通知の遅延が、会社法202条4項、210条の趣旨に反する違法行為であると断定しました。 判決では、平成17年改正前の商法における新株引受権に関する規定と比較検討が行われ、会社法下でも、株主への事前通知による差止請求権の保障が重要な意義を持つことが強調されています。

2. 旧商法との比較 通知規定の趣旨

判決は、会社法の規定と、平成17年改正前の旧商法における新株発行に関する規定を比較検討することで、割当通知の意義を明確にしています。旧商法では、株主割当方式の新株発行においても、申込期日の2週間前までに新株発行に関する事項を株主に通知する必要があり、この通知は差止請求権の行使機会を保障する趣旨を持っていました。会社法では、公開会社においては、払込期日(または払込期間の初日)の2週間前までに募集事項を通知する必要がありますが、非公開会社における株主割当方式では、その規定の適用が除外されています。しかし、本判決は、株主割当方式であっても、法令や定款に違反する発行や著しく不公正な方法による発行を差止める機会を株主に与えることは重要であり、その趣旨は会社法下でも維持されるべきだと解釈しています。 したがって、たとえ株主割当方式であっても、適切な時期に適切な通知が行われなければ、新株発行は無効となる可能性があると判示されています。

3. 割当通知と募集事項通知の比較検討

判決は、割当通知と募集事項通知の趣旨の違いについても言及しています。公開会社では、取締役会が募集事項を決定し、その通知は株主の財産的利益と支配的利益の両方に重大な影響を与える可能性があるため、株主の差止請求権行使の機会を確保することが主な目的となります。一方、株主割当方式の場合、既存株主が権利を行使すれば持株比率は変化しないため、差止請求権行使の必要性は相対的に低いと考えられています。しかし、本件のように、新株発行の目的が支配権の維持・強化であり、不公正な方法が用いられた場合、たとえ株主割当方式であっても、割当通知の遅延は重大な瑕疵となり、新株発行の無効原因となります。 本判決は、割当通知の目的には、株主が新株発行を差止める機会を付与することも含まれていると明確に述べています。 この点において、払込期間に入ってからの通知は、差止請求の機会を事実上奪うものであり違法であると結論づけられています。

III.不公正発行の該当性と株主の不利益

本判決は、新株発行不公正発行に該当すると判断しました。その理由は、形式的には株主割当でしたが、主要な目的がE親子の支配権維持にあったこと、そして、それによりX社が実質的な不利益を被るおそれがあったこと、です。 従来の判例では、不公正発行の判断において、株主の持株比率の低下が重視されてきましたが、本判決は、支配権争いの文脈において、実質的な影響力を考慮したより柔軟な判断を示しています。X社の持株比率自体は変化しませんでしたが、支配権の帰趨に影響を与える可能性があるため、不利益を被るおそれがあると判断されました。 会社法210条2号の「著しく不公正な方法」に該当するとされました。

1. 不公正発行の認定基準 支配権争いと持株比率

本判決において、Y社の新株発行は会社法210条2号の「著しく不公正な方法」に該当すると判断されました。この判断においては、支配権争いの存在と、それに伴う持株比率の変化が重要な要素となっています。 従来の判例では、特定の株主の持株比率を意図的に低下させることを目的とした新株発行が、不公正発行として問題視される傾向がありました。しかし、本件は、支配権を巡る争いにおいて、特定の株主の持株比率を低下させるというよりは、自派の勢力を強化し、支配権を確保することを主要な目的として新株発行が行われたケースです。 裁判所は、このようなケースにおいても、不公正発行該当性を判断する際には、特定の株主の持株比率の低下のみならず、新株発行によって株主間の力関係に生じた実質的な変化を総合的に考慮する必要があるとしました。 本件では、E親子とC派との間で長期にわたる支配権争いが存在しており、新株発行によってE親子が支配権を維持・強化した点が、不公正発行の認定に繋がっています。

2. 資金調達目的の曖昧さと支配権維持目的の優越

Y社は新株発行の理由として資金調達を主張していますが、裁判所は、その必要性や具体的な使途が不明確であるとして、その主張を退けました。 判決は、資金需要があったとしても、金融機関からの借入れも可能であったこと、新株発行が具体的にどのような資金調達に繋がったのか不明であることを指摘しています。 一方、新株発行当時、Y社は株券引渡等請求訴訟を抱えており、訴訟の結果によってはC派が支配権を得る可能性がありました。 裁判所は、この点を踏まえ、新株発行の主要な目的はE親子による支配権の維持・強化にあったと結論付けました。この判断においては、支配権維持目的と資金調達目的など複数の目的が併存する場合、どの目的が優越しているかを検討する「主要目的ルール」が適用されていると考えられます。 本件においては、支配権維持目的が資金調達目的を圧倒的に上回っていたと判断されました。

3. X社の不利益 支配権への影響力低下

本件では、新株発行によってX社の持株比率自体は変化しませんでしたが、裁判所は、X社が不利益を被るおそれがあると判断しました。 従来の判例では、不利益の有無は、持株比率の低下によって支配権を失うか、少数株主権を行使できなくなるかといった形式的な基準で判断される傾向がありました。 しかし、本判決は、より実質的な基準を用いて、X社のY社に対する影響力がどのように変化するかを検討しています。 具体的には、Y社における株主構成と、関連訴訟の結果を考慮すると、新株発行によってE親子の支配権が強化され、C派(X社を含む)の支配権獲得の可能性が低下したと判断されました。この影響力の低下が、X社にとって看過できない不利益であるとされたのです。 持株比率の変動がないにもかかわらず、支配権争いの文脈において実質的な影響力低下が不利益に該当すると判断された点が、本判決の重要なポイントです。

IV.関連会社と人物

本件に関与する主要な会社と人物は以下の通りです。Y社(被控訴人):新株発行を行った非公開会社。A社(Y社の主要株主):E親子が実質的に経営権を握る会社。X社(原告):Y社の株主。E親子:Y社の経営権を握っていた人物。C:X社の代表取締役で、E親子と対立していた人物。I:Cの姉。H:E親子の親族で、Y社の株式を譲渡された人物。

1. Y社と主要株主 A社 X社 C

本件の中心となるのは、Y社とその主要株主であるA社、X社、そしてC取締役です。Y社は、この判決時点では、発行済株式総数12,000株の非公開会社でした。その株主構成は、A社が9600株を保有し、発行済株式総数の80%を占めていました。A社は、E親子が実質的に経営権を握る会社であることが判決で明らかにされています。 一方、X社は1200株(10%)を保有しており、原告として新株発行の無効を訴えています。 さらに、Cは1200株(10%)を保有する取締役であり、E親子と対立関係にあったことが判決の背景となっています。 これらの株主間の関係、特にE親子とCとの間の対立が、新株発行の背景にある支配権争いの重要な要素となっています。 この三社に加え、E親子の親族であるH、そしてCの姉であるIも、Y社の株式譲渡を巡る訴訟に関わっており、本件の複雑さを示しています。

2. A社とE親子 経営権と新株発行

A社は、E親子が実質的に経営権を握る会社であり、Y社の発行済株式の80%を保有していました。 E親子は、平成25年6月、A社の取締役を退任していますが、その直前にDからA社の株式8000株を取得し、実質的な経営権を握っていました。 本件新株発行は、E親子がY社における支配権を維持・強化するために計画され、実行されたと裁判所は判断しています。 具体的には、株主割当と称して、新株の80%をA社に割り当てることで、将来的なY社の株式の過半数保有を目指したと考えられています。 しかし、この手法は、事前に適切な通知が行われていなかったこと、新株発行差止仮処分に違反していたことなどから、不公正な方法による新株発行と断定されました。

3. X社とC派 支配権争いと訴訟

X社は、Cが代表取締役を務める会社であり、C自身もY社の株式を保有していました。 Cは、E親子と対立関係にあり、Y社の支配権を巡って争っていました。この争いは、Y社の株式7200株の譲渡を巡る訴訟(本件株券引渡等請求訴訟)に発展しました。 この訴訟において、Cの姉であるIは、E親子の親族であるHを相手取り、徳島の裁判所に訴訟を起こし、株式の譲渡差し止めを求めていました。 この訴訟の結果によっては、C派がY社の支配権を握る可能性があったため、E親子は、それを阻止するために新株発行を行ったと判断されています。 X社は、この支配権争いの文脈において、新株発行によって自らの影響力が低下する可能性があるとして、新株発行の差止めを求めて訴訟を起こしました。

4. HとI 株券譲渡と訴訟の関係者

Hは、E親子の親族であり、平成23年11月、A社からY社の株式7200株を譲渡されました。この譲渡が、E親子とC派との間の支配権争いの重要な要素となっています。 Hは、その後、Y社の代表取締役を務めました。 しかし、Hは、関連訴訟において、裁判所の決定や当事者間の合意に従わず、Y社の株式3600株の譲渡を拒否しました。 このため、Cの姉であるIは、徳島地方裁判所に本件株券引渡等請求訴訟を起こし、Y社に対してHへの株式譲渡の承認と株主名簿の変更手続きを求めました。 この訴訟の状況も、Y社が新株発行に至った背景として重要な要素であり、新株発行の目的が支配権の維持・強化であったことを示す証拠となっています。