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東アジア金融リンケージとグローバル危機

文書情報

著者

高阪 章

学校

アジア経済研究所

科目

経済学

専攻 国際経済学、開発経済学
文書タイプ 調査研究報告書
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 424.43 KB

概要

I.東アジア新興市場における国際資本フローと国内金融システム

本稿は、東アジア新興市場の国際資本市場とのマクロ金融リンケージと、国内金融システムの発展との相互関係を分析する。特に、1997年のアジア経済危機と2007年のグローバル金融危機を比較し、資本流入(特にFDI証券投資)の構造変化と、その影響を検証する。金融深化の程度や外資依存度の低さといった東アジアの特徴、そして金融仲介機能の現状、さらにはマクロ・プルーデンシャル政策チェンマイ・イニシャティブ(CMI)、**アジア債券市場イニシャティブ(ABMI)**といった地域協力枠組みの有効性についても考察する。

1. 国際資本フローの特徴とアジア グローバル金融危機の影響

このセクションでは、東アジア新興市場における国際資本フローの特徴を、特にアジア経済危機とグローバル金融危機の文脈で分析している。 アジア危機前後で資本流入の構成が大きく変化し、FDIが中心的な役割を担うようになったことが指摘されている。 FDIと証券投資は、欧米間の投資に比べて、東アジア域内(旧新興市場から新興市場への投資)の割合が増加傾向にあることも重要な特徴として挙げられている。グローバル金融危機においては、銀行ローンを通じたリンケージの強い新興市場ほど大きな影響を受けたが、東アジア新興市場への影響は、金融リンケージの変容によって、アジア危機時のような甚大な影響は限定的であったとされている。これは国内金融システムの発展によるものではなく、金融リンケージの変化が主な要因であると分析されている。 また、アジア危機後の国内マクロ政策や地域金融協力の枠組みは、グローバル金融危機において限定的な役割しか果たさなかったと結論づけられている。

2. 東アジア新興市場の国内金融システム 金融深化と課題

このセクションは、東アジア新興市場の国内金融システムの現状と課題を分析している。 他地域の新興市場と比較して、東アジアは外国資本フローへの依存度が低く、金融深化の程度が高いことが示されている。アジア危機後には金融部門・企業部門の構造改革が進んだものの、民間部門の投資ファイナンスにおける金融仲介機能は縮小したままであり、証券市場の発展も不十分である。 結果として、国内金融システムのアジア危機後の回復は実物経済の成長に比べて著しく遅れているという現状が指摘されている。 国内貯蓄率は高く、国内投資を賄うだけの資金は存在するものの、金融仲介の停滞により、その資金が有効に活用されていないことが問題視されている。 Gill and Kharas (2007)の研究が引用され、リスク価格付けに優れた証券市場の育成が、持続的な成長のために重要であるとされているが、グローバル金融危機は証券市場のリスク評価能力に疑問を投げかけているとも述べられている。

3. 国際資本フローと国内資金循環の相互関係

このセクションでは、国際資本フローと国内資金循環、そして国内金融システムの発展との相互関係について論じられている。 東アジア新興市場における国際資本フローは、国内資金循環においてどの程度の重要性を持っているのか、また、国内金融システムの発展とはどのような関係にあるのかが分析されている。 グローバル金融危機が、東アジア新興市場の国際資本フローや国内金融システムの発展にどのような影響を与えたのか、そしてアジア危機後の回復プロセスとグローバル金融危機の経験が、今後のマクロ経済運営や地域協力の枠組みにどのような示唆を与えるのかが考察の中心となっている。 特に、グローバル金融危機が東アジアにアジア危機と同等の負の影響をもたらす可能性は低いとされているが、その理由は金融リンケージの変容であり、国内金融システムの発展によるものではないと結論づけられている。

4. 今後の政策課題 マクロ金融政策レジームと国内金融システムの再構築

最終セクションでは、今後の政策課題が提示されている。 短期的な課題として、拡大する市場リスクに対応できる伸縮的なマクロ金融政策レジームの再構築が挙げられている。 これは、為替レートや資産価格のボラティリティを考慮した、より柔軟な政策運営が必要であることを示唆している。 中期的な課題としては、変容する投資リスクに見合った国内金融システムの模索が重要視されている。 これは、銀行型・市場型といった単純な二分法を超えた、より複雑で多様なリスクに対応できる金融システムが必要であることを意味している。 地域協力の枠組みについても再考が必要であり、チェンマイ・イニシャティブ(CMI)やアジア債券市場イニシャティブ(ABMI)の有効性について疑問が呈されている。 これらの枠組みは、情報共有や相互監視といった面では一定の成果を挙げているものの、危機予防や危機管理においては限定的な役割しか果たしていない可能性が指摘されている。

II.国際資本フローの変容と地域バイアス

アジア経済危機前後で、東アジア新興市場への資本流入の構成は大きく変化した。FDIが主要な資本形態となり、証券投資も重要な役割を果たしている。しかし、銀行ローンは金融ストレスに敏感である。興味深い点は、投資国・受入国間には強い地域バイアスが存在し、特に証券投資においては東アジア域内での投資(旧新興市場からの新興市場への投資)が顕著であることだ。これは、情報非対称性を軽減する効果を持つと考えられる。

1. アジア経済危機前後における資本流入の構造変化

この部分では、東アジア新興市場への国際資本フローの構成が、アジア経済危機前後でどのように変化したのかが分析されています。 危機前は、銀行ローンや証券投資が重要な役割を果たしていた一方、危機後は、持続的で安定的な直接投資(FDI)が資本流入の大部分を占めるようになり、その構成比が大きく変化したことが示されています。 FDIの増加は、東アジア新興市場の経済構造の変化や、国際資本市場における投資戦略の変化を反映していると考えられます。 また、証券投資もFDIに次ぐ重要な資本形態として台頭しており、銀行ローンに比べて金融ストレスに敏感であることが示唆されています。 この資本形態の変化は、今後のマクロ経済政策や金融システムのあり方にも影響を与える重要な要素であると捉えられています。

2. 国際資本フローにおける地域バイアスの存在

このセクションでは、国際資本フローにおける地域バイアスの存在が強調されています。 特に、投資国と受入国間の関係には強い地域バイアスがあり、銀行ローンと証券投資ではそのパターンが異なることが指摘されています。例えば、欧州先進国の銀行ローンは欧州新興市場で圧倒的なシェアを持つ一方、証券投資においては、北米や欧州からの投資がアジアやラテンアメリカの新興市場で拮抗しているといった状況が分析されています。 この地域バイアスは、投資国と受入国の経済的・地理的距離、情報非対称性、リスク選好など、様々な要因が複雑に絡み合って生じていると考えられます。 地域バイアスの存在は、従来の国際資本フローに関する分析では見過ごされてきた重要な側面であり、今後の研究や政策立案において考慮されるべき重要な要素であると示唆されています。

3. 域内投資の増加と情報コストの軽減効果

東アジア新興市場への資本流入において、域内投資、つまり旧新興市場(あるいは新興先進国)から新興市場への投資の増加が注目されています。 これはFDIと証券投資の両方に見られる傾向であり、単純に先進国からの資本流入だけに着目するのではなく、域内投資の役割を考慮する必要があることを示しています。 この域内投資の増加は、投資先と投資元の地理的・文化的近接性、情報コストの低減、そしてリスクの共有といった要因が背景にあると考えられます。 特に、情報コストの低減は、資本市場の不完全性を補う役割を果たし、旧先進国からの投資フローのボラティリティを軽減する効果も期待できるとされています。 この域内投資の増加は、国際資本市場とのリンケージを分析する上で、新たな視点の導入を促す重要な発見であると位置づけられています。

III.東アジアと他地域新興市場の比較 金融システムの特徴

東アジア新興市場は、他地域と比べて外資依存度が低く、金融深化が進んでいることが特徴だ。金融仲介規模も大きく、銀行部門が重要な役割を果たす。しかし、民間部門の投資ファイナンスにおける金融仲介の役割は、アジア経済危機後も依然として停滞している。貯蓄率は高いものの、投資率は低く、その差は拡大傾向にある。そのため、金融非仲介の問題が課題として残る。

1. 外国資本フロー依存度と金融深化の比較

このセクションでは、東アジア新興市場と他の地域の新興市場を比較し、金融システムの特徴を分析しています。 重要な点は、東アジア新興市場が他地域に比べて、外国資本フローへの依存度が著しく低い一方で、金融深化の程度が高いということです。これは、東アジア諸国の経済構造や金融システムの独自性を示唆しています。 具体的には、東アジア諸国は、他の新興市場に比べて、国内貯蓄率が高く、国内貯蓄だけで国内投資を賄える状況にあることが示されています。 しかしながら、アジア経済危機後も、民間部門の投資ファイナンスにおける金融仲介機能は依然として停滞しており、証券市場の発展も不十分であるため、実体経済の高度成長と金融システムの回復に大きな乖離が見られる点が問題視されています。

2. 金融仲介機能の現状と金融非仲介の問題

東アジア新興市場における金融仲介機能の現状と、それに伴う問題点について詳しく分析されています。 他地域の新興市場と比較して、東アジアの金融仲介規模ははるかに大きく、持続的な拡大を見せている点が強調されています。これは「金融深化」が進んでいることを示す重要な指標です。 しかし、民間部門の投資ファイナンスという観点から見ると、アジア経済危機以降、金融仲介は縮小したままであり、それを代替するべき証券市場の発展も不十分であるという現状が指摘されています。 この金融仲介の停滞は、高い国内貯蓄率にもかかわらず、国内投資が停滞している原因の一つであり、金融非仲介の問題が深刻な課題として提示されています。 この問題は、今後の経済成長を阻害する可能性があるため、解決策の検討が不可欠であると結論づけられています。

3. 東アジアと他地域新興市場の対照的な差異のまとめ

このセクションは、国際資本市場とのリンケージという視点から、東アジアとその他の新興市場の対照的な差異を明確に整理しています。 まず、東アジア新興市場は、他地域と比べてはるかに外国資本フローへの依存度が低いことが強調されています。これは、高い国内貯蓄率と、比較的閉鎖的な資本市場構造によって説明できるでしょう。 次に、国内金融システムの金融仲介機能についても、東アジアは他地域よりもはるかに規模が大きく、しかも持続的に拡大しているため、「金融深化」が進んでいると結論づけられています。 しかし、この金融深化は、民間部門の投資ファイナンスという点では不十分であり、金融非仲介の問題が依然として存在するという点も改めて強調されています。 これらの対照的な差異を理解することは、東アジア新興市場の経済政策を立案する上で非常に重要であると示唆されています。

IV.アジア危機後の回復と今後の政策課題

アジア危機後の東アジア新興市場は、V字型回復を果たしたが、国内金融システムの回復は実物経済の成長に比べて遅れている。グローバル金融危機の影響はアジア危機ほど大きくはなかったものの、それは金融リンケージの変容によるものであり、国内金融システムの発展によるものではない。今後の政策課題としては、マクロ金融政策レジームの再構築、変容する投資リスクに見合った国内金融システムの模索、そしてマクロ・プルーデンシャル政策の強化と地域金融協力の枠組みの見直しが必要となる。特に、為替レートインフレ資産価格を考慮した柔軟な政策運営が求められる。

1. アジア経済危機後の回復 V字型回復と金融システムの停滞

このセクションでは、アジア経済危機後の東アジア新興市場の経済回復過程と、その中で見られた国内金融システムの現状について分析しています。 東アジア新興市場は、アジア経済危機後、「V字型回復」を果たし、約10年間で危機前の水準まで経済活動を回復させました。しかし、この経済回復とは対照的に、国内金融システムの回復は極めて遅れていることが指摘されています。 具体的には、民間部門の投資ファイナンスに重要な役割を果たす金融仲介機能が、アジア経済危機後も縮小したままであり、証券市場の発展も不十分であるため、国内金融システムの回復が実体経済の成長に追いついていないという現状が示されています。この金融システムの停滞は、今後の経済成長を阻害する潜在的なリスクとして捉えられています。

2. グローバル金融危機の影響と地域協力の役割

グローバル金融危機が東アジア新興市場に与えた影響と、アジア危機後から取り組まれてきた国内マクロ政策や地域金融協力の枠組みの有効性について考察されています。 グローバル金融危機は、アジア経済危機と比較して、東アジア新興市場への負の影響は限定的だったと分析されています。その理由は、金融リンケージの変容によるものであり、国内金融システムの発展によるものではないと結論づけています。 チェンマイ・イニシャティブ(CMI)などの地域金融協力の枠組みは、グローバル金融危機の負の影響を軽減する上で限定的な役割しか果たさなかったとされています。 このことは、今後の危機管理体制の強化や、地域協力の枠組みの見直しが必要であることを示唆しています。

3. 今後の政策課題 マクロ金融政策と金融システム改革

このセクションでは、今後の東アジア新興市場におけるマクロ経済運営や地域協力のレジームに関して、重要な政策課題が提示されています。 短期的な課題として、拡大する市場リスクに対応できる伸縮的なマクロ金融政策レジームの再構築が挙げられています。 これは、為替レートや資産価格の変動を考慮した、より柔軟で状況に応じた政策運営が必要であることを意味しています。 中期的な課題としては、変容する投資リスクに対応できる国内金融システムの模索が重要です。 これは、金融仲介機能の強化や証券市場の発展促進、そして金融システムの安定性強化のための政策が必要であることを意味しています。 さらに、地域協力の枠組みについても、現状維持ではなく質的な転換が必要であると示唆されています。 具体的には、チェンマイ・イニシャティブ(CMI)やアジア債券市場イニシャティブ(ABMI)といった既存の枠組みの有効性を見直し、より効果的な地域協力体制を構築していく必要があると結論づけられています。