
熱力学入門:エントロピー中心アプローチ
文書情報
学校 | 茨城大学 |
専攻 | 工学部電気電子工学科 |
文書タイプ | 講義ノート |
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 0.91 MB |
概要
I.熱力学の基礎とエントロピー
このセクションでは、熱力学の基礎概念を説明します。特にエントロピーの理解は、熱力学と統計力学を理解する上で不可欠です。熱力学第一法則(エネルギー保存則)と熱力学第二法則(エントロピー増大則)を中心に、状態量(内部エネルギー、体積など)とその間の関係、準静的過程の重要性を解説します。クラウジウスやボルツマンによるエントロピーの概念の導入についても触れます。また、様々な自由エネルギー(ギブスの自由エネルギー、ヘルムホルツの自由エネルギーなど)とその相互関係についても説明します。
1. 熱力学の導入と学習のポイント
このセクションでは、熱力学の学習における初期の困難と、その克服方法について論じています。テキストは、パワーポイントだけでは不十分な点から、復習に役立つノートとして作成された経緯が説明されています。熱力学と統計力学の両方を網羅する予定でしたが、事情により統計力学は簡潔な記述にとどまりました。統計力学は量子力学の知識があれば容易に理解できますが、熱力学はそうではありません。そのため、講義とノートを併用することで理解を深めることを推奨しています。特に、熱力学は難しい数式は少ないものの、概念の理解が重要であり、講義でしっかり概念を掴むことが強調されています。当初はメモ程度を想定していましたが、配布する以上は質を保つ必要があり、結果としてかなりの分量になりました。そのため、講義では熱力学のエッセンスを前半に絞り、ノートで詳細を補う学習方法が提案されています。数学的な基礎部分は、数学が苦手な学生が熱力学を嫌いにならないよう、最後に配置されています。高校レベルの数学で理解できるように記述されているため、熱力学の第一、第二法則を学んだ後に読むことで、より深い理解が得られるでしょう。また、数学の補足として、統計力学で有用な式がまとめられています。
2. 熱力学第二法則とエントロピーの重要性
熱力学、統計力学を学ぶ上で最大の障壁となるのが、熱力学第二法則とエントロピーです。エントロピーを理解しなければ、熱力学・統計力学を理解したとは言えません。エントロピーは熱力学と統計力学を繋ぐ重要な概念であり、物質観が異なる時代に、クラウジウス(熱力学)とボルツマン(統計力学)がそれぞれ独自に導入したにもかかわらず、両者において同じ役割を果たしていることを理解することが、この講義の主要な目標だと述べられています。示強変数や様々な自由エネルギーといったキーワードが導入され、それらの概念と関係性の理解の難しさが指摘されています。これらの概念は、原子や分子を考慮せずに巨視的な物質の性質を説明するために、熱力学を発展させた天才たちによって生み出されたものです。莫大な数の分子を含む物質のマクロな性質を、少数の基本物理量で記述する理論体系の複雑さゆえに、理解が難しいと説明されています。
3. 熱力学の第一法則 第二法則 および状態量
熱力学は巨視的な物体の性質とその変化を的確に説明する一方で、理解しにくい側面も持ち合わせています。例えば、偏微分を用いた式が多く登場し、その意味を理解することが困難な点が挙げられています。熱力学を学ぶ学生の中には、半年学んでも何も身につかなかったと感じる人も少なくないという現実も示唆されています。しかし、理科系大学を卒業する以上、熱力学の知識は必須です。このノートでは、熱力学の第一法則(エネルギー保存則)と第二法則、そしてエントロピー、状態量といった基本概念の理解が重要だと強調されています。状態量とは、系の状態が決まれば履歴によらず一定の値を持つ量であり、熱や仕事とは対照的です。状態量間の関係は状態方程式で表され、状態方程式は系の性質によって決まり、熱力学からは導出できません。熱力学の役割は、状態方程式の普遍的な制限を議論したり、普遍的な原理や法則を追求することです。状態方程式を知るには実験が必要で、単純なモデル化と統計力学を用いることで決定できる場合もあります。
4. 系の種類と準静的過程
外界と熱や物質のやり取りをしない系を孤立系、やり取りをする系を開放系と呼びます。孤立系ではエネルギー、体積、圧力は保存されます。熱力学では、平衡状態、すなわち自然に起こる変化の結果として実現した状態を扱います。熱平衡状態では、内部エネルギー、体積、構成粒子のモル数など少数の変数で完全に記述でき、二つの平衡状態においてそれ以外の変数値が等しければ、内部エネルギーの差は一義的に決まり、履歴に依存しません。系と外界のやり取りする物理量は、熱、物質、仕事の三種類で、孤立系ではこれら全てやり取りしません。開放系では、これらのやり取りに応じて系の取り扱い方が変化します。複数の熱力学的ポテンシャルを導入する理由は、系と熱浴の間のやり取りが熱、仕事、粒子のどれであるかによって、便利な量を定義したいからです。外部からなされる仕事は本来内部状態と無関係ですが、準静的過程では、常に釣り合いを保ちながら変化するため、仕事量を系の内部状態を表す状態変数で表すことが可能になります。準静的過程は熱力学において重要な概念です。このノートでは、平衡状態の熱力学を扱います。
II.熱力学における状態方程式と系の種類
熱力学では、状態量間の関係を表す状態方程式が重要です。系の種類として、外界と熱や物質のやり取りをしない孤立系、やり取りをする開放系を区別し、それぞれをどのように扱うかを説明します。状態方程式は系の性質によって異なり、熱力学からは導けません。実験や統計力学的手法で決定します。
1. 状態方程式 状態量間の関係
熱力学において状態方程式は、状態量(温度、圧力、体積など)間の関係を表す重要な式です。このセクションでは、状態方程式の概念と、それが熱力学における中心的な役割を担っていることを説明します。個々の熱力学系の状態方程式は、その系の固有の性質によって決まり、熱力学の理論体系からは導き出せません。そのため、具体的な系の状態方程式を知るには、実験によって様々な温度と密度での系の圧力を測定することが最良の方法となります。しかし、単純なモデル化を行った後であれば、統計力学の手法を用いて状態方程式を決定できる場合もあります。このノートの後半部分では、統計力学を用いた状態方程式の決定方法についても学ぶことになります。状態方程式は、熱力学における様々な計算や考察において基礎となる重要な要素であり、その理解は熱力学全体の理解に不可欠です。また、状態方程式を満たす普遍的な制限を議論したり、状態方程式の特定の形に依存しない普遍的な原理や法則を追求することも、熱力学の重要な役割の一つとして挙げられます。
2. 系の種類 孤立系と開放系
熱力学では、系と外界との相互作用の有無によって系の種類を分類します。外界と熱や粒子などのやり取りを一切行わない系を孤立系、やり取りを行う系を開放系と呼びます。孤立系では、初期条件として与えられたエネルギー、体積、圧力は変化せず保存されます。物理法則に従えば、孤立系ではエネルギーが最低の状態が最も安定な状態とみなされます。これは、水が低いところに流れる現象と同じ原理です。ただし、熱力学では変化の途中の状態ではなく、自然に起こる変化の結果として実現した状態、すなわち平衡状態を主に扱います。典型的な熱平衡状態では、内部エネルギー、体積、構成粒子のモル数など、少数の変数によって系の巨視的な性質を完全に記述できます。平衡状態の内部エネルギーの差は、二つの状態がどのようにして作られたかには依存しません。外界とのやり取りする物理量としては熱、物質(粒子)、仕事の三種類が考えられ、孤立系ではこれら全てやり取りしません。開放系ではこれらのやり取りを考慮する必要があり、系の取り扱い方を変化させる必要があります。複数の熱力学的ポテンシャルを導入するのも、系と熱浴の間のやり取りが熱だけなのか、仕事だけなのか、粒子なのか、あるいはそれらの組み合わせなのかに応じて、便利な量を定義するためです。
3. 準静的過程と状態変数
外部からなされる仕事は、本来は系の内部状態とは無関係に与えられるものです。しかし、準静的過程という概念を導入することで、外部との仕事量を系の内部状態を表す状態変数で表すことが可能になります。準静的過程とは、系に何らかの変化があっても常に熱平衡が保たれており、逆行可能な変化のみを扱う過程です。体積膨張に伴う仕事を例に、外界の圧力と平衡を保ちながら体積変化を起こす状況を考え、仕事を系の内部変数を用いて表すことができます。これが熱力学において準静的過程という概念を導入する最大の理由です。このノートで扱う平衡状態の熱力学では、準静的過程のみを扱います。準静的過程では、粒子を動かす際の最初の点と最後の点のポテンシャルエネルギーの差だけで仕事が決まり、仕事量は状態量となります。一方、摩擦によって熱が発生する現象は古くから知られていましたが、熱の正体は長く不明でした。ラムフォードの実験により、運動が熱に変わるということが明確に示され、仕事と熱の等価性が確立されました。系の内部エネルギーは、系の状態を決めれば一意的に決まり、履歴に依存しません。このような量を状態量と呼びます。熱や仕事は状態を変える原因であり、状態量ではありません。
III.カルノーサイクルと熱効率
カルノーサイクルを用いて、熱機関の熱効率の上限を示すカルノーの定理を解説します。熱効率は100%にできないことを示し、熱力学第二法則の重要性を再確認します。理想的なカルノーサイクルでも、冷却部が必要であること、そして摩擦などの現実的な要因により、実際の熱効率はさらに低くなることを説明します。
1. カルノーサイクルによる熱効率の導出
このセクションでは、カルノーサイクルを用いて熱機関の熱効率を導出する過程が記述されています。摩擦のない理想気体を用いた理想的なカルノーサイクルにおいても、熱効率を100%にすることは不可能であることが説明されています。熱機関が繰り返し動作を続けるためには、必ず冷却部分が必要であり、そうでなければオーバーヒートしてしまいます。この事実は、産業革命期の資本家たちが夢見た「買った石炭から得た熱を100%仕事に変える装置」が実現不可能であることを示しています。初期の蒸気機関では、熱効率の向上のため冷却過程で大量の熱が外界に捨てられ、結果的に地球温暖化に繋がったという歴史的背景も触れられています。実際の熱機関では、摩擦などの要因により理想的な可逆サイクルとはならず、熱効率はさらに悪化します。理想気体と状態方程式、ポアソンの定理を用いたカルノーサイクルの熱効率の導出過程が示されていますが、導出された効率は作動流体の種類に依存しないことが重要な点として強調されています。この性質はカルノーの定理と呼ばれています。
2. カルノーの定理とクラウジウスの定理
カルノーの定理とは、カルノーサイクルの効率が作動流体の種類によらないという原理です。このセクションでは、カルノーの定理を用いて、熱効率の上限を論じています。高温熱源から熱を取り出し、低温熱源に熱を排出するカルノーサイクルから仕事を取り出す状況を考え、その仕事を使って、低温熱源から熱を取り出して高温熱源に熱を排出する逆サイクルを作動させます。全体として一つのサイクルと考えると、これは外部には仕事を及ぼさないので、高温熱源から熱を得て低温熱源に熱を排出する系となります。この系において、外界に対して仕事がなされないことから、熱は高温から低温にしか流れないというクラウジウスの定理が導かれます。これは、熱力学第二法則を明確に示す重要な概念です。このセクションでは、カルノーサイクルを基に熱力学第二法則の理解を深め、熱機関の熱効率の限界について考察しています。そして、熱機関において冷却部が不可欠である理由と、現実的な熱機関の熱効率が理想的な可逆サイクルよりも低くなる理由を説明しています。
3. トムソンの原理と第二種永久機関
このセクションでは、トムソンの原理と第二種永久機関について解説しています。トムソンの原理とは、「一つの熱源から熱を受け取り、それを全て仕事に変える以外、他に何の痕跡も残さないようにすることはできない」という表現で示される原理です。この原理は熱機関、すなわちサイクルであることを前提にしています。「熱を全部仕事に変えることはできない」という表現は誤解を招く可能性があり、一度限りの使い捨てであれば不可能ではないと注意書きがあります。一つの熱源から熱を受けて働き続ける熱機関のことを第二種永久機関と呼びますが、トムソンの原理は第二種永久機関は実現不可能であると述べています。この表現はオストワルドの原理と呼ばれることもあります。高温の熱源から低温の熱源に熱が移る現象は非可逆的であり、これはエントロピー増大則と等価です。冷却部のない、熱源だけで働く熱機関を作ることができないという経験的事実も、自然の大原則だと考えられています。
IV.統計力学の基礎 等重率の仮定とエルゴード仮説
このセクションでは統計力学の基礎を説明します。多くの粒子からなる系を扱う統計力学では、等重率の仮定(エネルギーが同じ全ての微視的状態は等しい確率で実現する)とエルゴード仮説(時間平均=集合平均)が重要です。これらの仮定に基づいて、巨視的な性質を微視的な状態から統計的に導き出します。
1. 統計力学の導入と熱力学との関係
このセクションは、統計力学の基礎を説明する導入部分です。熱力学は物質の原子・分子構造が解明される前に確立された学問であるのに対し、統計力学はその後、原子・分子の概念に基づいて発展した学問であると説明されています。両者はエントロピーという概念で深く繋がっています。熱力学は第一法則(エネルギー保存則)と第二法則を基礎として論理的に展開されますが、具体的な物質の性質(比熱、状態方程式など)を導くことはできません。一方、統計力学は、熱力学では求められないこれらの性質を、ミクロな視点から統計的に導き出すことを目指します。統計力学は量子力学の知識があると理解が容易になりますが、熱力学は量子力学のような「魔法」がなく、概念の理解が非常に重要です。このノートでは、熱力学の理解を土台として統計力学を学ぶことを推奨しています。そのため、まずは熱力学の基礎をしっかりと理解することが重要だと強調されています。
2. 等重率の仮定 微視的状態と確率
統計力学における重要な仮定の一つである「等重率の仮定」について説明されています。多数の粒子の運動量と位置を座標軸とする多次元空間(位相空間)を考え、その中で粒子のエネルギー和が一定という条件を課します。この条件を満たす点の集合は位相空間内で曲面となり、時間経過とともに系の状態はこの曲面上を移動します。等重率の仮定とは、十分に長い時間経過後、この曲線は曲面上の全ての点(微視的状態)を等しい確率で通過するという仮定です。つまり、指定されたエネルギーを持つ全ての微視的状態が等しい確率で実現されると考えます。微視的状態一つ一つの実現確率が等しいため、微視的状態の数が多いほど、その状態が実現される確率が高くなります。したがって、あるエネルギー範囲内の微視的状態の数を数え上げることが重要となり、エントロピーはそれらの数と密接に関連付けられます。この等重率の仮定は、統計力学における様々な計算の基礎となっています。
3. エルゴード仮説 時間平均と集団平均
等重率の仮定は、時間平均の観点から説明されています。しかし、同じ熱力学的状態を多数用意して平均を取る、つまり集団平均という考え方も存在します。統計力学の基本的仮定の一つとして、時間平均と集団平均が等しいというエルゴード仮説が挙げられています。これは、計算の容易さから、時間平均ではなく集団平均を用いることが多いことを意味します。莫大な数の粒子の時間発展を追跡する時間平均は現実的に不可能であるためです。このエルゴード仮説を前提として、統計力学では集団平均を用いて様々な物理量を計算します。カノニカル分布やグランドカノニカル分布といった統計力学の重要な概念も、エルゴード仮説に基づいて導出されます。これらの分布では、エネルギーや粒子数が揺らぎを持ちますが、粒子数が多ければ揺らぎの幅は平均値に比べて非常に小さくなるため、近似的にこれらの分布を用いることが可能となります。カノニカル分布やグランドカノニカル分布を導入する理由は、計算の容易さにあると説明されています。
V.古典的理想気体の統計力学
理想気体を古典的に扱う統計力学の基礎を解説します。ジュールの法則や理想気体の状態方程式を導出し、エントロピーの変化などを計算します。温度の異なる同種の理想気体が接触した場合のエントロピー変化についても考察します。 スターリングの公式を用いた計算なども含まれます。
1. 古典的理想気体の定義と近似
このセクションでは、古典的理想気体の取り扱いについて説明しています。古典的とは、フェルミ粒子やボーズ粒子の量子力学的性質を考慮しないことを意味します。密度が非常に薄い場合、または温度が高い場合には、この古典的な近似が許されます。古典的な取り扱いでは、スピンも無視するため、粒子の多重度は1となります。スターリングの公式を用いた計算などもこのセクションで扱われます。この近似を用いることで、複雑な量子力学的効果を考慮せずに、理想気体の性質を比較的簡単に計算することができます。ただし、この近似は全ての状況で有効ではなく、低温や高密度といった状況では、量子力学的効果を考慮したより厳密な取り扱いが必要となります。このセクションでは、古典的理想気体というモデルの適用範囲と限界について理解することが重要です。
2. ジュールの法則と理想気体の状態方程式の導出
このセクションでは、古典的理想気体に対するジュールの法則と理想気体の状態方程式の導出が扱われています。ジュールの法則や理想気体の状態方程式は、熱力学および統計力学において最も基本的な法則の一つであり、理想気体の状態を記述する上で不可欠です。これらの法則は、ミクロな視点からの統計力学的なアプローチによって導出されます。この導出過程において、等重率の仮定やエルゴード仮説といった統計力学の基本的な仮定が用いられます。これらの法則の導出過程を理解することで、統計力学的な手法を用いた物理量の計算方法を学ぶことができます。また、体積が変化した場合のエントロピー変化についても考察されており、理想気体の性質をより深く理解することができます。このセクションは、熱力学と統計力学の橋渡しとなる重要な部分です。
3. 異なる温度の理想気体の混合とエントロピー変化
異なる温度を持つ同種の理想気体が断熱壁で仕切られた状態から、仕切りを熱伝導性の壁に置き換えた場合の、温度とエントロピー変化について考察しています。この問題を通して、熱力学における平衡状態、特に熱平衡状態への遷移過程とエントロピー変化の関係を理解することができます。熱平衡状態に達した後の温度と、その際のエントロピー増加量を計算する方法が示されています。この計算には、理想気体の状態方程式とエントロピーの式が用いられます。この例題を通して、理想気体の状態変化に伴うエントロピー変化を具体的な計算を通して理解し、熱力学第二法則の理解を深めることができます。また、この問題では、熱力学における様々な物理量(温度、エントロピー、圧力、体積、粒子数、化学ポテンシャルなど)の関係を理解する上で重要な、偏微分や全微分の概念の理解が求められます。熱力学における多くの関係式は偏微分や全微分を用いて表されるため、これらの数学的性質を理解することが重要です。
VI.相平衡と相転移
相転移(例えば水の沸騰、氷の融解)や相平衡の概念を説明します。相の共存状態、蒸発潜熱、熱平衡条件などを解説し、日常生活における相転移の例を示します。 金属や合金の融点に関する例として、鉛ビスマス合金なども扱います。
1. 相転移の定義と例
このセクションでは、相転移の定義と様々な例が示されています。相転移とは、物質の状態(相)が巨視的に変化する現象です。例として、水の沸騰や氷の融解といった日常的な現象から、金属の超伝導や液体ヘリウムの超流動といったより専門的な現象までが挙げられています。水の相転移(水と水蒸気の共存)では、一定時間、温度変化が起こらず、周囲から蒸発潜熱を奪って相転移を推進する様子が説明されています。また、体表面からの汗の蒸発による体温調節も、水の相転移による現象として挙げられており、熱中症との関連も示唆されています。これらの例を通して、相転移が自然界や日常生活において非常に重要な役割を果たしていることを理解することができます。相転移は、物質の性質を理解する上で重要な現象であり、熱力学の重要な研究対象の一つとなっています。
2. 相と相の共存
物質の均質な状態を「相」と定義し、その説明がなされています。気相、液相、固相といった一般的な相に加え、超伝導相なども相の例として挙げられています。一つの系の中に密度などが異なる複数の巨視的部分が存在する場合、それらをそれぞれ別の相として区別し、相の共存状態と呼びます。固相、液相、気相の三相が共存することもあると説明されています。このセクションでは、相の概念を明確に定義し、様々な相の例を挙げることで、相転移を理解するための基礎概念を築いています。相の共存状態は、相平衡の条件と密接に関連しており、熱力学的な平衡状態を理解する上で重要です。物質の様々な状態や状態変化を理解する上で、相の概念を正しく理解することが不可欠となります。
3. 熱平衡と相平衡の条件 系の安定性
熱平衡と相平衡の条件、そして熱力学的な系の安定性について説明されています。圧力が体積の減少関数であることが、熱力学系の安定性と深く関わっていることが示されています。仮に圧力が体積の増加関数だとすると、ピストン内の気体の体積が増加した場合、圧力も増加し、ピストンがさらに押し出されるという不安定な状態になります。現実にはそのような現象は起こらないことから、熱力学的な平衡状態は大域的な安定状態であることが分かります。このセクションでは、熱力学的な平衡状態の性質を、圧力と体積の関係を通して説明しています。様々な偏微分係数の関係式が紹介されていますが、それらは知りたい物理量を実験的に測定可能な量と関係づける、あるいは物理量間の関係を調べる上で有用であると説明されています。これらの関係式は、一見複雑に見えますが、状態方程式という状態変数間の関係式を基にして導出され、熱力学的な平衡状態の理解に役立ちます。鉛とビスマスの合金の例が挙げられており、融点が低いという性質が実用上重要であると説明されています。
VII.黒体輻射と星の平衡
黒体輻射の性質と、星の内部における熱平衡状態を説明します。星の内部の温度勾配、重力と圧力のバランス、黒体輻射と温度の関係について解説します。太陽を例に、近似的に黒体として扱うことができることを説明します。具体的な数値例として太陽定数なども扱います。
1. 黒体輻射 熱力学的な扱い
このセクションでは、黒体輻射について熱力学的な観点から説明しています。黒体とは、あらゆる波長の電磁波を完全に吸収し、同時に同じ割合で電磁波を放出する理想的な物体です。黒体から放出される光のエネルギー・スペクトル(振動数分布)や、全放出率は温度のみの関数であることが知られています。太陽は非常に良い近似で黒体とみなすことができると説明されています。黒体輻射の問題は、量子力学の発展に大きく貢献した重要な問題であり、後に統計力学を用いて量子力学的に扱うこともありますが、このセクションでは熱力学的な扱いに限定されています。キルヒホッフの法則も触れられており、黒体輻射の理解には、熱力学の基本的な概念と法則の理解が不可欠であることが強調されています。太陽定数などもこのセクションで扱われる可能性があります。
2. 星の平衡 重力と圧力のバランス
太陽のような星は、水素、ヘリウム、ごく微量の重い元素からなる気体で構成されています。このセクションでは、星が重力によって潰れない理由を、中心部が高温高密度であること、そして気体の運動や輻射圧が重力と釣り合っていることによって説明しています。星の内部では、中心部ほど温度と密度が高く、外側に行くほど小さくなります。圧力がゼロとなる点が星の半径です。星の内部で平衡が保たれるためには、温度勾配が必要であり、この温度勾配によってエネルギーが中心部から外側へと流れ、表面から星の光として放射されます。この温度勾配とエネルギーの流れの関係が、星の平衡状態を維持する上で重要です。断熱的温度勾配との比較を通して、星の内部の安定性や対流の発生条件についても言及されています。図を用いて、中心からの距離と温度の関係を概念的に説明することで、星の平衡状態を視覚的に理解しやすくしています。
3. 地球と太陽を熱機関として捉える
地球は太陽からの輻射エネルギーを受けて、地表の水を成層圏まで持ち上げるなど様々な自然現象を仕事として行う熱機関とみなせるという例が挙げられています。このセクションでは、地球と太陽の系を理想的な熱機関と仮定して、その熱効率を計算する問題が提示されています。太陽定数(太陽からの輻射エネルギー密度)のうち、大気での反射と吸収を考慮して地上に届くエネルギー密度を用いて、太陽に照らされている地表の等価温度を計算する問題も提示されています。日中の砂漠の温度はこの温度にほぼ等しいと説明されています。この例題を通して、熱力学の概念を現実世界の現象に応用する方法を示し、熱力学の有用性を理解することができます。熱力学的な考え方を用いることで、一見複雑な自然現象も理解できることを示す、分かりやすい例題となっています。
VIII.統計力学における量子効果の考慮
統計力学において、量子効果を考慮する必要性を説明します。プランク定数、不確定性原理、粒子の多重度などを考慮し、量子状態数を計算する方法を解説します。また、位相空間の体積を用いた量子状態数の計算方法も説明します。
1. 量子力学の基礎概念の導入
このセクションでは、統計力学で用いられる量子力学の基礎概念を簡潔にまとめています。プランク定数、プランク・アインシュタイン・ドブロイの仮定、光とエネルギー・運動量の関係式(E=hv, p=h/λ)などが説明されています。これらの概念は、統計力学における量子効果の考慮に不可欠です。特に、プランク定数はエネルギーの量子化を表す重要な定数であり、光については相対性理論から導かれる関係式が紹介されています。このセクションは、量子力学の基礎知識を既知とする読者には省略可能ですが、量子力学を未履修または復習したい読者にとっては重要なセクションです。統計力学における量子効果の理解を深めるために、量子力学の基本的な知識は必須となります。このセクションで紹介されている式や概念は、後のセクションでの量子状態数の計算などに利用されます。
2. 量子状態数の計算方法
統計力学では、巨視的な系の性質を微視的な状態から統計的に導き出すため、量子状態数を正確に計算することが重要です。このセクションでは、量子状態数の計算方法について説明されています。粒子が取りうる位相空間(運動量空間と座標空間)の体積をプランク定数で割ることで、量子状態数の近似値を求めることができます。さらに、同種粒子である場合、ボルツマン定数で割る必要があること、そして量子力学特有の粒子の多重度(例えば電子のスピン)を考慮する必要があることが説明されています。電子や光子のスピン量子数と多重度の関係についても触れられています。巨視的なエネルギーに比べてエネルギー間隔が小さい場合、微視的状態は連続的に分布していると近似できるため、位相空間の体積をプランク定数で割ることで量子状態数を求めることができます。この計算方法は、ミクロカノニカル分布などの計算に用いられます。
3. 位相空間の体積と量子状態数の計算 キッテルとの比較
量子状態数の計算方法において、位相空間の体積をプランク定数で割る方法が説明されています。この方法では、運動量空間における球殻の体積を計算し、それを座標空間の体積と組み合わせることで、位相空間の体積を求めます。さらに、同種粒子の場合、ボルツマン定数で割ることで量子状態数が計算できます。この計算において、量子力学特有の粒子の多重度も考慮する必要があります。この計算方法とキッテルの教科書で用いられている方法との比較も行われ、両者の方法が同じ結果を与えることが説明されています。キッテルの方法では、波動関数の位相因子や計算範囲の違いがありますが、最終的には同じ量子状態数が得られることが示されています。位相空間の体積をプランク定数で割る方法はより直感的であるため、このノートではこの方法を採用していると述べられています。このセクションでは、量子状態数の計算方法の理解が、統計力学における様々な計算を行う上で重要であることが強調されています。