
等質空間入門:具体例で学ぶ群作用
文書情報
学校 | 熊本大学 |
専攻 | 数学 |
文書タイプ | 講義資料 |
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 273.66 KB |
概要
I.第1章 群作用と等質集合
本章では、等質集合の基礎概念を解説します。等質集合は推移的な群作用を持つ集合であり、群の商空間G/Kで表現されます。球面、射影空間、グラスマン多様体、旗多様体といった具体的な例を通して、群作用と等質空間の関係を理解します。必要な予備知識は線形代数と群論です。特に、一般線形群GL(n,R)、直交群O(n)、特殊線形群SL(n,R)、特殊直交群SO(n)といったリー群の例を詳しく説明し、それらの群作用について考察します。さらに、SL(2,R)の上半平面への作用といった具体的な例も示します。
1.1 群作用と等質空間の基本概念
この節では、群が集合に作用する場合の群作用と等質空間に関する基本的な概念を導入します。特に、位相空間や多様体への構造を保つ作用については、後の章で扱います。まず、n×n実行列全体の集合Mₙ(R)の部分群として、一般線形群GLₙ(R)、直交群O(n)、特殊線形群SLₙ(R)、特殊直交群SO(n)を定義し、それらが群であることを簡単に説明します。直交群O(n)はRⁿの内積を保つGLₙ(R)の部分群であるという点も強調されます。さらに、これらの群に対応する複素数版の群についても定義が示されます。具体的な例として、SL₂(R)の一次分数変換による上半平面RH²への作用が挙げられ、簡単な作用と複雑な作用の対比がなされています。与えられた集合に対する群作用の個数に関する考察も含まれ、正規直交基底と直交群O(n)の作用の関係も説明されています。様々な群作用の例を通して、群作用と等質空間の直感的な理解を促す構成となっています。
1.2 等質空間の性質と表現
この節では、等質空間の重要な性質と表現方法について論じます。具体的には、G-等質空間M上の任意の2点p,qに対し、対応するイソトロピー部分群GpとGqが共役であることが示されます。これは、等質空間Mの情報が対(G, Gp)に完全に反映されていることを意味し、集合Mよりも群の組(G, Gp)の方が解析しやすいという重要な示唆を与えます。さらに、群Gの商空間G/Kに対して、GがG/Kに推移的に作用することを示す命題が提示され、その証明が求められる問題も含まれています。この推移的な作用は、等質空間の構造を理解する上で重要な概念です。これらの議論を通して、等質空間の性質を群論的な視点から考察し、その本質的な理解を深めるための基礎が築かれています。特に、商空間表示を用いた解析手法の重要性が強調されています。
1.3 等質集合の例 射影空間 グラスマン多様体 旗多様体
この節では、等質集合の具体的な例として、射影空間、グラスマン多様体、旗多様体を挙げ、それらの商空間表示を求める方法を示します。実射影空間RPⁿ、実グラスマン多様体Gₖ(Rⁿ)、旗多様体Gk₁, ...,kₗ(Rⁿ)の定義が与えられ、それらが等質集合であることが説明されます。特に、グラスマン多様体Gₖ(Rⁿ)について、それがO(n)-等質であり、O(n)/O(k)×O(n-k)と表せることが示されます。また、Gₖ(Rⁿ) ≅ Gₙ₋ₖ(Rⁿ)という重要な関係式も示され、異なる商空間表示を持つ集合が存在する可能性が示唆されます。異なる商空間表示は異なる変換群に対応し、異なる幾何構造を反映するという重要な点を指摘しています。これらの具体的な例を通して、抽象的な概念である等質集合の理解を深め、具体的な幾何学的対象との関連性を明確に示す構成となっています。上半平面RH²をSL₂(R)の商空間として表示する問題も提示され、商空間表示から集合の性質を読み取る方法を示唆しています。
II.第2章 リー群とリー環
本章では、リー群とリー環の基礎概念を解説します。リー群は多様体であり、かつ群構造を持つものです。線型群はリー群の代表的な例です。リー環はリー群の接空間であり、リー群の局所的な構造を記述します。行列の指数写像を用いて、リー群とリー環の関係を説明します。具体的な例として、SO(2)、Heisenberg群Hなどを挙げ、そのリー環の構造を解析します。特に、リー群のリー環を左不変ベクトル場の全体として定義し、そのブラケット積を説明します。
2.1 リー群の定義と例
この節では、リー群の定義と具体的な例を提示しています。リー群は、多様体構造と群構造を併せ持ち、両者の構造が整合的に結び付いている数学的対象です。テキストでは、C∞-多様体を多様体として定義しており、リー群Gは、群演算(g, h) → ghと逆元演算g → g⁻¹が共にC∞-写像であることを満たすものとして定義されています。線形群がリー群の典型例として挙げられています。SO(2) ≅ S¹がリー群であることが例として示されていますが、その証明は座標近傍を用いた直接的な証明が必要であるとされ、SO(n)の場合の証明の困難さが示唆されています。より効率的な証明方法として、陰関数定理を用いる方法が紹介され、その定理を用いてリー群の構造を持つことを示す方法が説明されています。3次元Heisenberg群Hを例に、R³と同型な多様体構造を定義し、それがリー群となることを示す問題も提示されています。これらの例を通して、リー群の定義と基本的な性質を理解し、その具体的なイメージを掴むことを目指した構成となっています。
2.2 リー環の定義と例 一般線形リー環 直交リー環 特殊線形リー環
この節では、リー環の定義と具体的な例である一般線形リー環、直交リー環、特殊線形リー環について解説しています。リー環は、リー群の接空間上に定義される代数構造であり、リー群の局所的な性質を反映します。リー環の演算は、括弧積[X,Y] := XY - YXで定義され、交代性[X,Y] = -[Y,X]とヤコビ恒等式[X,[Y,Z]] + [Y,[Z,X]] + [Z,[X,Y]] = 0を満たすことが条件として挙げられています。任意のベクトル空間は括弧積を0としてリー環となり、可換リー環と呼ばれます。n×n実行列全体の集合Mₙ(R)は、括弧積[X,Y] := XY - YXによってリー環(一般線形リー環)の構造を持ちます。また、直交リー環o(n)と特殊線型リー環slₙ(R)も定義され、古典群に対応するリー環の存在が示唆されています。特殊直交リー環so(n)については、so(n) = o(n)であるため、通常は省略されるものの、O(n)とSO(n)の強い関係を示唆する重要な点として触れられています。これらの例を通して、リー環の定義と基本的な性質を理解することを目指した構成となっています。特殊線形群SLₙ(R)とGLₙ(C)がリー群であり、その次元がそれぞれn²-1と2n²であることを示す問題も提示されています。
2.3 リー群のリー環 左不変ベクトル場
この節では、リー群のリー環を左不変ベクトル場の全体として定義する方法を解説しています。リー群G上の左不変ベクトル場の全体をgとし、ベクトル場のブラケット積を導入することで、リー環の構造が定義されます。左移動La: G → G: g → agが定義され、左不変ベクトル場とは、左移動によって不変となるベクトル場であることが説明されています。左不変ベクトル場X, Yに対して、そのブラケット積[X, Y]も左不変であることを確認する必要がある点が指摘されています。G = Rⁿの場合のリー環gの具体例が示され、左不変ベクトル場の概念が具体的な例を通して理解しやすくなっています。さらに、リー環の元Xに対応する一変数部分群cₓ(t)とその像(一変数部分群)の概念が導入されています。これらの概念を用いて、次の節で重要な役割を果たす指数写像へと繋がる構成になっています。左不変ベクトル場を用いたリー環の定義は、リー群とリー環の深い関係を示す重要な概念であり、その理解が後の議論の基礎となります。
2.4 線型リー群のリー環と指数写像
この節では、線型リー群のリー環を、行列表示を用いて分かりやすく記述する方法と、指数写像について解説しています。線型リー群の場合、行列表示を用いることで、リー環と分かりやすいリー環との同型対応を構築できます。この同型写像φ: g → glₙ(R)がリー環のブラケット積を保存することを示す必要があることが述べられています。リー群Gのリー環を、左不変ベクトル場の全体にベクトル場のブラケット積を入れたものとして定義し、左不変ベクトル場X, Yのブラケット積[X,Y]も左不変であることを確認する必要があると改めて強調されています。Rⁿの場合のリー環の具体例も再度提示されています。重要な概念として指数写像exp: g → G: X → cₓ(1)が導入され、その0における微分が容易に計算できること、そして逆関数定理との関係が説明されています。行列の指数写像exp: glₙ(R) → GLₙ(R)がリー群の指数写像と一致すること、そして通常の1変数指数関数が可換リー環Rからリー群R⁺への指数写像であることも補足されています。これらの説明を通して、リー群とリー環の具体的な関係を理解することを目指した構成となっています。
III.第3章 等質多様体
本章では、等質空間が多様体としてどのように記述されるかを説明します。リー群Gとその閉部分群Hに対して、商空間G/Hに多様体構造が入り、等質多様体となることを示します。イソトロピー表現という概念を導入し、等質多様体の幾何学的性質を調べます。Reductiveな等質多様体のreductive分解を用いたイソトロピー表現の記述方法にも触れます。SL(2,R)作用による上半平面H²の例を用いて、イソトロピー表現を具体的に解説します。
3.1 なめらかな群作用と等質多様体の構成
この節では、リー群が多様体に作用する場合を考察し、前章までの集合論的な議論を多様体論へと拡張します。リー群Gが多様体Mに推移的に作用する場合、商空間G/GpとMが多様体として同型になることを示すことが目標です。そのためには、G/H(HはGの部分群)に多様体構造を導入する必要があります。その方法として、リー群の指数写像expを用いた構成法が提示されています。具体的には、g = h⊕pとなるような部分空間pを選び、π◦exp: p → G/H(πは自然な射影)が0∈pの近傍から[e]∈G/Hの近傍への局所同型写像になることを利用します。これにより、[e]の周りの局所座標系を構成でき、G/Hに多様体構造を導入できます。さらに、G/Hの商位相がハウスドルフである場合、HはGの閉集合であるという補題と、リー群Gとその閉部分群Hに対して、G/H上に自然な作用G×G/H→G/Hが滑らかとなるような一意的な多様体構造が存在するという定理が示されます。これらの議論を通じて、等質空間への多様体構造の導入方法とその性質が明確に示されています。
3.2 イソトロピー表現とReductive分解
この節では、等質多様体G/Gpにおいて重要な役割を果たすイソトロピー表現について解説しています。等質空間M = G/Gpに対して、イソトロピー部分群Gpの接空間TpMへの作用、すなわちイソトロピー表現(dφ): Gp → GL(TpM): a → (dφa)pが定義されます。ここで、φ: G → Aut(M)は滑らかな作用を表します。イソトロピー表現はリー環を用いて記述可能であり、等質多様体の幾何学的性質を理解する上で重要なツールとなります。さらに、等質多様体G/Hがreductiveであるとは、g = h⊕pとなるような(Ad|H)-不変な部分空間pが存在することと定義され、この分解をreductive分解と呼びます。reductive分解が存在する場合、イソトロピー表現の記述が容易になります。SL₂(R)作用による上半平面H²のイソトロピー表現が、自然な表現SO(2)×R²と同値であることを示す問題が提示されています。また、S²=SO(3)/SO(2)のイソトロピー表現も同様の性質を持つことから、イソトロピー表現だけでは多様体が一意に決まらないこと、そしてS²とH²の間に深い関係があることが示唆されています。
IV.第4章 等質部分多様体
本章では、等質部分多様体の概念を導入し、リー群の多様体への作用による軌道の幾何学的性質を考察します。ユークリッド空間R³内の等質曲面と球面内の等質超曲面の例を詳しく調べます。特に、R³内の等質曲面は共役を除いて3種類しかないことを示します。また、等質多様体の同変埋め込みについても言及します。具体例として、球面Sⁿ = O(n+1)/O(n)の埋め込みを説明します。
4.1 等質部分多様体の定義と例 ユークリッド空間と球面内の例
この節では、リー群の多様体への滑らかな作用G×M→Mにおいて、点p∈Mを通る軌道G・pがMの部分多様体となることを示し、このような部分多様体を等質部分多様体と定義しています。この手法を用いることで、多くの興味深い部分多様体が構成できることを示唆しています。具体的には、ユークリッド空間内の等質部分多様体と球面内の等質部分多様体の例を詳細に分析しています。ユークリッド空間R³内の等質曲面として、球面、回転面、平面の3つの例が挙げられ、これらが共役を除いてR³の等質曲面全てを網羅していることが述べられています。それぞれの例において、作用する群Gと固定点vが具体的に提示されています。例えば、球面はO(3)の作用で定義され、回転面はO(2)の作用で定義され、平面はR³の部分空間として定義されます。球面Sⁿ=O(n+1)/O(n)がRⁿ⁺¹へのO(n+1)-同変埋め込みを持つことが例として示され、「与えられた等質多様体に対して同変埋め込みを構成せよ」という問題の難しさが示唆されています。これらの例を通して、等質部分多様体の具体的なイメージを掴むことを目指した構成となっています。
4.2 球面内の等質超曲面
この節では、球面内の等質超曲面について、具体的な例と分類に関する言及がなされています。Sₖ×Sⁿ⁻ᵏ上の特定の作用(r₁, r₂をパラメータとする作用)が考察され、その軌道の余次元と、r₁=0、r₂=0の場合の軌道の形状(それぞれSⁿ⁻ᵏ⁻¹(1), Sₖ⁻¹(1))が示されています。この作用は、等質空間Sₖ×Sⁿ⁻ᵏ=(O(k+1)×O(n-k))/(O(k)×O(n-k-1))のイソトロピー表現として解釈されます。球面内の等質超曲面は多くの例が存在し、分類結果も知られており、それらは全てある種の等質空間(階数2対称空間)のイソトロピー表現から生じるという重要な事実が述べられています。この節では、具体的な例を通して、球面内の等質超曲面の多様性と、その背後にあるより深い幾何学的構造の一端が示唆されています。前節で示された同変埋め込みの問題意識とも関連づけられ、等質多様体の埋め込み問題へのアプローチの一端を示す構成となっています。
V.第5章 リーマン等質空間
本章では、リーマン等質空間上のリーマン計量と曲率といったリーマン幾何的なデータをリー環を用いて記述する方法を解説します。Reductiveな等質空間におけるG-不変リーマン計量の存在条件を明らかにします。イソトロピー表現が既約な場合、G-不変リーマン計量が一意に存在することを示します。さらに、実双曲空間を例に、その曲率を計算する方法を説明します。リーマン計量とリー環との関係を詳細に分析します。
5.1 リーマン等質空間とG 不変リーマン計量
この節では、リーマン等質空間の定義と、その上に存在するG-不変リーマン計量について考察しています。リーマン等質空間とは、等質空間にG-不変なリーマン計量が定義された空間です。M = G/Hをreductive等質空間としたとき、M上にG-不変なリーマン計量が存在するための必要十分条件は、Ad Hがコンパクトであることが示されています。ここで、Ad HはHのリー環gへの随伴作用を表します。この条件は、リーマン等質空間の存在条件を与える重要な結果です。さらに、Ad Hがコンパクトであり、かつイソトロピー表現Ad H: pが既約である場合、G-不変リーマン計量はスカラー倍を除いて一意に存在することが示されています。これは、リーマン等質空間の幾何学的性質をリー環の表現論を用いて解析するための重要な基礎となります。これらの結果を通して、リーマン等質空間の幾何学的構造と、その背後にあるリー群とリー環の代数構造との深い関係が示されています。特に、イソトロピー表現の既約性がリーマン計量の一意性と密接に関連していることが強調されています。
5.2 リー群の左不変リーマン計量
この節では、リーマン等質空間の特別な場合として、リー群自身をリーマン多様体とみなした場合の左不変リーマン計量について考察しています。等質空間G/{e}(G自身と同相)は常にreductive分解g = {0}⊕gを持つため、G-不変リーマン計量が常に存在することがわかります。この場合、リーマン計量はリー環g上の内積によって決定されます。この内積は、リー群上の左不変ベクトル場によって自然に定義される計量と解釈できます。この節では、リー群上の左不変計量という具体的な例を通して、リーマン等質空間の概念の理解を深めることを目指しています。リー群上の左不変計量は、リー群の構造を反映した幾何構造であり、その性質を調べることでリー群の構造そのものに関する情報を得ることができます。この節は、より一般的に議論されたG-不変リーマン計量の存在条件についての理解を深めるための、具体的な例示の役割を果たしています。
5.3 実双曲空間の曲率
この節では、実双曲空間を例にとり、リーマン等質空間の曲率をリー環を用いて計算する方法を示しています。実双曲空間は、特定のブラケット積と内積を持つ線形空間として定義されます。この定義において、基底ベクトルA, X₁, ..., Xₙ₋₁が正規直交基底となるような内積と、ブラケット積[A, Xᵢ] = cXᵢ, [Xᵢ, Xⱼ] = 0が定義されます。実双曲空間の断面曲率は、任意の2次元部分空間σに対して計算する必要があります。しかし、そのまま計算するのは困難なため、群作用を用いてσを適当に動かすことで計算を簡略化する方法が提示されています。具体的には、内積を保つリー環の同型写像f: g → gを用いて、曲率テンソルRが不変であることを示しています。このことから、実双曲空間の場合、O(n-1)の作用で曲率が不変であることが結論付けられます。これらの議論を通じて、リーマン等質空間の曲率計算にリー環と群作用が有効であることを示し、リーマン幾何学的な性質を代数的な手法で解析できることを示しています。