新しい構文が使われだすとき--補助動詞『おく』の文「テレビで天気予報があり『よけ』ばいいな。」をめぐって(後半)

補助動詞「おく」の非意志用法:新たな構文の出現

文書情報

著者

山部 順治

学校

ノートルダム清心女子大学

専攻 日本語日本文学
場所 不明
文書タイプ 論文
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 682.83 KB

概要

I.非意志の よく 形 九州 中四国地方の方言における新たな補助動詞 おく の用法

本論文は、九州・中四国地方の方言において近年出現した補助動詞「おく」の新たな用法、特に「非意志の「〜よく」形」(重要キーワード)に焦点を当てている。この用法は、伝統的な方言には見られず、インターネット上での使用頻度も低いことから、ごく最近発生した新しい表現であると考えられる。本研究は、この新しい文法現象を、インターネット上の日記や掲示板などのくだけた文章(重要キーワード)をコーパスとして分析し、その特徴を明らかにする。特に、主語の意志(重要キーワード)の有無、文脈における望ましさ(重要キーワード)の表現、そして関連する他の動詞形(〜よる、〜とくなど)との関係を考察する。

1. 非意志の よく 形の文法的特徴

この節では、九州・中四国地方の方言に見られる新たな補助動詞「おく」の用法である「非意志の『〜よく』形」の文法的特徴を詳細に分析する。本稿では「テレビで天気予報がありよけばいいな。」を例文として提示しており、この表現は伝統方言には存在せず、近年発生した新しい用法であると指摘している。インターネット上での使用頻度は極めて低く、使用開始から間もない段階と考えられる。この新たな用法は、より広範囲な文法領域、特に動詞の状態形の体系に変化をもたらしており、その影響は無視できない。 具体的な文法的枠組み、特に「〜よく」形が文中でどのように機能し、どのような文脈で用いられるのかを、例文を基に分析し、その文法的な位置づけを明確にする。既存の文法体系との関連性や相違点、特に「〜よる」「〜とく」などの類似表現との比較を通して、この「非意志の〜よく」形の独自性を明らかにする。また、話し手自身の内省に基づく自然な話し言葉としての判断基準についても触れ、その妥当性を検証する。

2. 非意志の よく 形の使用事例とデータ分析

この節では、インターネット検索を通じて収集された「非意志の〜よく」形の使用事例を具体的に提示し、その特徴を分析する。2007年3月から2009年3月にかけて実施されたインターネット検索では、50件の例文が得られたが、インターネットの規模と収集期間を考慮すると、この件数は非常に少ない。これは「非意志の〜よく」形の使用頻度が極めて低いことを示唆している。収集された例文データは、日記や掲示板など、文体的にくだけた文章に多く見られる傾向がある。例文を分析することで、「非意志の〜よく」形が用いられる文脈、具体的には「話し手が事態を<望ましい>と価値評価している」状況を明らかにする。また、携帯電話(ケ)やパソコン(P)など、入力方法の違いによるデータへの影響についても考察する。さらに、地域による差異や、年齢層による使用頻度の違いについても分析する。特に、福岡市、北九州市、長崎市、佐世保市、熊本県菊陽町などの地域における使用状況を比較検討する。

3. 例文採集における留意点と分析上の課題

この節では、例文採集の過程で留意した点、および分析における課題について論じる。まず、例文の選定基準として、「非意志的」な用法を極端に非意志的な場合に限定し、主語の意志に関心が向けられている度合いを連続的な変異として捉え、その指標として主語の特徴を用いることを説明する。 検索においては、検索エンジンの特性から非標準的な表現である「非意志の〜よく」形を効率的に抽出することが困難であったため、様々な検索語を試行錯誤しながら、可能な限り網羅的な収集に努めたことを述べる。 データの信頼性確保のため、発話者の年齢、地域、文脈(日記、掲示板など)、入力方法(携帯電話、パソコン)など、様々な要因を考慮した上で、例文の選定と分析を行った。特に、誤記の可能性(「〜よく」と「〜とく」の混同など)を排除するための対策、そして、ニセ方言(ナンチャッテ方言)の混入を防ぐための基準についても説明する。さらに、分析において、主観的な判断を避け、客観的なデータに基づいた分析を行うための工夫についても触れる。

4. 関連する文法現象との比較検討 存在 動作 構文との関連性

この節では、「非意志の〜よく」形と関連する他の文法現象、特に「存在+動作」構文との関連性について考察する。「存在+動作」構文とは、「x に y が(存在を表す動詞)る」と「y が V る」という二つの構文が同一節で生起するもので、「非意志的」かつ「継続相」という特徴を持つ。例文(36b)「コンビニにタバコが売ってる。」を例に、この構文と「非意志の〜よく」形との類似点を示す。 「非意志の〜よく」形と「存在+動作」構文の両方が、意味的に「非意志的」かつ「継続相」という特徴を共有している点を明らかにする。また、「売る」という動詞の「〜る」「〜とる」「〜く」「〜とく」といった活用形を用いた例文を示し、それぞれの動詞形が持つニュアンスの違いを分析する。さらに、他の補助動詞「おる」との比較を行い、「おく」と「おる」のそれぞれの用法の地域差や意味的ニュアンスの違いを明らかにする。特に、福岡県における教員の話し言葉における「おく」と「おる」の使い分けについて言及する。

5. 研究方法と考察 インターネットコーパスを活用した言語研究の限界と可能性

この節では、本研究で用いたインターネットコーパスを活用した研究方法、その限界、そして今後の展望について考察する。インターネットは、規模の大きさという点で言語研究のコーパスとして大きな利点を持つが、発話者のプロフィールや文章ジャンルが多様であり、誤記が含まれる可能性もあるなどの欠点も存在する。本研究では、これらの欠点を克服するため、資料源の範囲を限定し、データの信頼性を高めるための対策を講じた。具体的には、筆者自身の家族や出身地の住民による発言を優先し、幼少期の思い出など、古めかしい表現が含まれる可能性のあるデータは除外した。さらに、議事録やインタビューの書き起こしなど、改まった文体や書き言葉的な表現が含まれるデータも除外した。 これらの工夫によって、データの質を確保し、より信頼性の高い分析結果を得ることができた。しかしながら、インターネットコーパスには依然として限界があり、より精密な分析を行うためには、さらなるデータ収集や方法論の改善が必要である。今後の研究では、これらの課題を踏まえ、より詳細な分析を行うことで、この新たな方言表現のさらなる解明を目指す。

II.インターネット調査とデータ収集

2007年3月から2009年3月にかけて、インターネット上の日記や掲示板などを対象に、「非意志の「〜よく」形」(重要キーワード)の使用例(重要キーワード)を収集した。検索語として「動詞+「よく」+活用語尾」(重要キーワード)などを用い、50件の例文(重要キーワード)を抽出。その件数の少なさから、この用法は非常に稀な表現であることが示唆される。データ収集にあたっては、発話者のプロフィール(重要キーワード)や文章ジャンル(重要キーワード)、そして誤記の可能性(重要キーワード)にも注意を払った。

1. データ収集期間と方法

本研究では、2007年3月から2009年3月にかけて、インターネット上での調査を実施し、「非意志の〜よく」形の使用例を収集した。調査対象は、主にインターネット上の日記や掲示板など、文体的にくだけた表現が見られるサイトとした。これは、この特殊な方言表現が、フォーマルな場面よりも、よりカジュアルなコミュニケーションの場において使用される可能性が高いと予想されたためである。検索語としては、「動詞+「よく」+活用語尾」というパターンを基本とし、例文中に「ありよけば」「流れよかんと」「されよかな」といった表現が含まれるものを中心に検索を進めた。しかし、この表現のインターネット上での使用頻度は極めて低いため、網羅的な検索を行う必要があり、様々な検索語を試行錯誤しながら、存在する全例を抽出することに努めた。 より頻度の高い「意志的な〜よく」形や、非意志の補助動詞「おく」の他の用法については、検索条件を絞り込むことで、効率的にデータ収集を行った。

2. 収集データの概要と件数

3年間のインターネット調査の結果、収集された「非意志の〜よく」形の使用例はわずか50件であった。インターネットの膨大な情報量と、比較的長期間にわたる調査期間を考慮すると、この件数は極めて少ないと言える。これは、「非意志の〜よく」形が、非常に低頻度で使用される稀な表現であることを示唆する重要な発見である。収集された50件の例文データは、その文脈や使用状況を詳細に分析することで、この表現の特性を解明するための貴重な資料となる。 これらの例文データは、後述する分析において、地域差、年齢層、文体などの様々な側面から検討される。また、ウェブページの文字入力方法(携帯電話、パソコン)についても、可能な限り推測し記録することで、入力方法がデータに与える影響についても考察する。

3. データ収集における課題と対策

本研究におけるデータ収集は、いくつかの課題に直面した。まず、研究対象である「非意志の〜よく」形は非標準的な表現であり、検索エンジンによる認識が不十分である可能性があるという点である。このため、闇雲に、また虱潰しに、種々の検索語を試すなど、効率性を犠牲にしてでも網羅性を追求する必要があった。 また、インターネット上のデータは、発話者の属性や文章ジャンルが様々であり、誤記が含まれる可能性も高い。このため、データの信頼性を確保するため、発話者のプロフィール、文章ジャンル、そして誤記の可能性などを考慮した上で、例文を選定する必要があった。具体的には、筆者自身の内省に基づく自然な話し言葉としての判断基準、および、文章内容の古雅さや脚色、聞き手の属性などが考慮された。これらの基準を設けることで、データの信頼性を高め、より正確な分析を行うことを目指した。

III. 非意志的 の定義と例文分析

本研究では「非意志的」を極めて非意志的な場合に限定し、例文を厳選した。分析対象は、「〜よく」形が「望ましさ」を表す文脈(重要キーワード)において現れるものに限る。分析を通じて、主語が人である場合と非情物である場合、そして**「〜よく」形と他の動詞形との意味的・機能的差異**(重要キーワード)を明らかにする。具体的には、福岡市、北九州市、長崎市、佐世保市、熊本県菊池郡菊陽町など、複数の地域からの例文を分析し、地域差についても考察する。

1. 非意志的 の定義と範囲

本稿では「非意志的」な節の範囲を、極端に非意志的な場合に限定している。これは、「非意志の〜よく」形の意味特徴である「非意志性」に関して、曖昧さを排除するためである。そのため、主語の意志に関心が向けられている度合いが連続的に変異する点を考慮し、主語の特徴を指標として分類を行っている。例文(12)では、ジダンが歩いているという動作に話し手が関心を向けていない状態を「非意志的」な例として挙げ、例文(13)のように意志の表現と共起するケースは「意志的」と分類している。しかし、文脈によっては解釈が異なるため、注意が必要である。 この厳密な定義により、分析対象となる例文の範囲を明確に絞り込み、分析の精度を高めることを目指している。 特に、主語の意志の有無が曖昧な事例は、分析対象から意図的に除外することで、結果の信頼性を高めることを重視している。

2. 例文分析 主語の意志と 望ましさ の文脈

例文分析では、「〜よく」形が「望ましさ」を表す構文環境(6)に現れる場合に限定している。「望ましさ」とは、話し手が事態を望ましいと価値評価している状況を指す。この構文環境は4種類に分類され、補助動詞「おく」の非意志的解釈は、特に条件節において最も明確に現れる。 主語が話し手自身の場合(例:「オマケが付いとけば、買うのにな。」)、主語が談話参加者(話し手、聞き手、または両方)の場合、そして主語が人の意志を担わない側面を指す場合など、様々なケースにおける「非意志の〜よく」形の使い方を分析する。 具体的には、福岡ソフトバンクホークスの連勝を願うファン(hawksoyaji.blog50.fc2.com/page-1.html)、課外授業を望む生徒、そして様々な事例を通して、「非意志の〜よく」形がどのような文脈で使われ、どのような意味合いを持つのかを詳細に考察している。

3. 関連表現との比較 よる とく 形との関係

「非意志の〜よく」形は、「〜よる」形や「〜とく」形など、他の関連する動詞形と比較検討される。例えば、福岡県の一部の教員や筆者自身は、特定の文脈では「〜よく」形に加えて「〜よる」形も容認する一方、「〜とく」形は異なる文脈で用いられる。また、他の地域では「〜おる」形のみが使用されるなど、地域差も大きい。 これらの比較分析を通して、「〜よく」形が持つ意味的・機能的特徴をより明確に位置づける。 特に、これらの動詞形が持つ「非意志性」「継続相」「望ましさ」などの意味的特徴を比較することで、「非意志の〜よく」形の独自性を明らかにする。 また、分析においては、筆者自身の内省判断や方言間の変異についても考慮されており、その主観的な判断基準や妥当性についても議論されている。

IV. よく 形と関連する文法現象

「非意志の「〜よく」形」は、「存在+動作」構文(重要キーワード)と密接に関連していると考えられる。この構文は、事態の存在と動作を同時に表すものであり、「非意志的」かつ「継続相」という特徴を持つ。本研究では、「非意志の「〜よく」形」と「存在+動作」構文の類似点、そしてその意味的特徴を比較検討する。また、補助動詞「おる」(重要キーワード)との比較を通して、それぞれの用法の地域差や社会的な背景を考察する。

1. 存在 動作 構文との関連性

この節では、「非意志の〜よく」形と「存在+動作」構文との関連性を詳細に検討する。「存在+動作」構文とは、例文(36b)「コンビニにタバコが売ってる。」のように、存在文と自動詞文が同一節で生起し、事態の存在と動作を同時に表す構文である。この構文は、「非意志的」かつ「継続相」という特徴をもち、「非意志の〜よく」形と共通の特徴を持つ。 「コンビニにタバコがある」という存在と、「タバコが売られる」という動作が同時に表現されている点を分析し、両構文の類似性を明らかにする。 標準語における「売っている」の同様な用法に関する先行研究(平又恵美子 2001;田川拓海 2002;渡邊績央 2004)にも触れ、この構文の近年の出現と、人によっては容認されないという点についても言及する。 「非意志の〜よく」形と「存在+動作」構文の共通点である「非意志性」「継続相」の特徴を詳細に分析することで、両者の密接な関係性を示す。

2. 補助動詞 おく と おる の比較

本節では、補助動詞「おく」の「非意志の〜よく」形と、補助動詞「おる」の用法との比較検討を行う。 特に、福岡県の一部の教員の話し言葉においては、「おく」と「おる」の両方が特定の文脈で可能である一方、他の地域では「おる」のみが使用されるという地域差が指摘されている。 「おく」と「おる」のそれぞれの用法が持つ意味的ニュアンスや、地域差、そして社会的な背景について考察する。 筆者自身の内省に基づく判断基準も示され、「〜よく」形に加えて「〜よる」形も容認範囲に入る場合があることなどが示される。しかし、文脈によっては「〜とく」形のみが適切となるケースもあり、文法的な規則性や制約についても検討していく。 これらの比較を通して、「おく」と「おる」という二つの補助動詞の機能的・意味的差異、そして方言間の変異の現状を明らかにする。

3. その他の関連する文法現象との関連性

「非意志の〜よく」形は、「〜よく」形(用法A)、「〜よる」形、そして「存在+動作」構文など、様々な文法現象と関連している。 これらの関連性を探ることで、「非意志の〜よく」形が、九州・中四国地方の方言における言語変化を理解する上で重要な手がかりとなることを示す。 インターネットという大規模コーパスを活用することで、低頻度表現の分析が可能になる反面、発話者の属性や文章ジャンルが多様であるという課題が存在する。これらの課題を克服するため、データ収集において、発話者の年齢、地域、文脈などを考慮した上で、例文を選定していることを改めて強調する。 さらに、誤記の可能性を排除するために、入力方法(携帯電話、パソコン)についても考慮し、分析を行っている。

V.結論 方言変化とインターネットコーパス

本研究は、インターネットコーパス(重要キーワード)を用いた分析を通して、九州・中四国地方の方言における新しい文法現象「非意志の「〜よく」形」(重要キーワード)の特徴を明らかにした。インターネットは、低頻度表現の調査に有効なツール(重要キーワード)である一方、発話者の情報や文体など統制が難しいという課題もある。今後の研究では、より精緻なデータ収集と分析を通して、この新しい用法の成立過程や社会的な意味を解明していく必要がある。

1. インターネットコーパスの利点と限界

本研究は、インターネット上の日記や掲示板などのテキストをコーパスとして活用することで、低頻度で用いられる「非意志の〜よく」形に関するデータを収集・分析した。インターネットコーパスは、その規模の大きさから、低頻度現象の調査に非常に有効なツールであると言える。しかしながら、インターネット上のデータは、発話者のプロフィールや文章ジャンルが統制されておらず、多岐にわたるという問題点も存在する。また、誤記が含まれる可能性も無視できない。これらの点を踏まえると、インターネットコーパスは、言語研究に有用な一方で、データの信頼性確保には注意が必要である。本研究では、これらの課題を意識し、データ収集において様々な工夫を凝らした。具体的には、発話者の属性や文脈を考慮し、データの選定基準を設けることで、信頼性の高い分析を行うことを目指した。

2. データ収集における制限と対策

インターネットコーパスを用いた研究における課題を克服するため、本研究ではデータ収集範囲を限定した。具体的には、発話者の属性に基づき、以下の3つの基準を設けた。(i)筆者自身による発言、(ii)筆者の家族による発言、(iii)筆者の出身地の住民による発言。特に(ii)と(iii)については、発話時がごく最近の過去に限った。これは、遠過去の思い出など、表現に古めかしさや脚色が入り込む可能性のあるデータを排除するためである。さらに、議事録、インタビューの書き起こし、小説などのデータも除外した。これらのデータは、発話者の年齢や文体の改まり度合い、地域的な偏りなど、様々な要因によって歪みが生じる可能性が高いためである。 これらの制限によってデータ数は減少するものの、データの信頼性を高め、より正確な分析を行うことを目指した。

3. 今後の研究展望

本研究では、インターネットコーパスを用いた分析により、「非意志の〜よく」形の特徴を明らかにすることができた。しかし、この表現の使用頻度は極めて低く、さらなるデータ収集が必要である。 また、本研究では、誤記の可能性を考慮し、五段動詞の例が多く、携帯電話による入力事例が大多数を占めるというデータの特性から、「〜とく」形の誤記の可能性を排除できたと結論づけている。しかし、より精緻な分析を行うためには、更なるデータ収集と方法論の改善が必要である。特に、地域差や年齢層による差異をより詳細に分析し、この表現の成立過程や社会的な意味を解明していく必要がある。 今後の研究では、これらの課題を踏まえ、より広範な地域の方言データや、様々な文脈における使用例を収集することで、より包括的な理解を目指す必要がある。