y ★12口★同志社法学第392号★權【横通し】.indd

韓国機関投資家:議決権行使の現状と課題

文書情報

著者

權 容秀

学校

同志社大学

専攻 法学
文書タイプ 論文
言語 Japanese
フォーマット | PDF
サイズ 1.01 MB

概要

I.韓国における機関投資家の議決権行使 現状と課題

本稿は、韓国における機関投資家の議決権行使の現状と課題を分析する。特に、スチュワードシップ・コード導入後の状況、受託者責任の履行状況、および関連法規(資本市場法など)の規定との整合性について考察する。ESG投資の観点からの課題や、Shadow Voting制度廃止後の影響なども分析対象となる。分析には、議決権情報広場 (VIP) のデータ等が利用されている。

1. 韓国における機関投資家の定義と株式市場における役割

韓国では、銀行、保険会社、証券会社、投資信託会社、年金基金などが機関投資家として広く認識されています。しかし、その法的定義は明確ではなく、複数の法律にまたがって規定されています(法人税法施行令、商法施行令など)。 特に、公的年金基金などは、国民の資産を運用する立場から、その議決権行使には高い透明性と責任が求められます。2013年時点では、韓国株式市場における機関投資家の保有比率は17.1%と、米国(47.1%)と比べて非常に低い水準でした。これは、安全性の高い資産への投資傾向が強いこと、また、優良企業の株式供給が不足していることなどが原因として挙げられています。しかし、近年は低金利・高齢化社会を背景に資産運用産業が成長しており、機関投資家の市場における影響力は今後増大すると予想されています。 具体的には、金融委員会が2014年に発表した「株式市場の発展案」では、機関投資家の役割拡大が重視されており、外国資本流出入の変動性緩和への期待も示されています。また、1999年の基金運用評価では、公的年金等の運用における専門性の欠如や、短期的な運用偏重などが問題点として指摘されており、その後「(公的)年基金投資プール」制度導入など、改善に向けた取り組みが行われています。

2. 議決権行使の現状と課題 受託者責任と法的枠組み

機関投資家は、顧客・受益者に対する受託者責任を負う存在ですが、韓国においては、その責任の履行状況、特に議決権行使に関しては課題が多く存在します。機関投資家の議決権行使は、企業経営の監視・改善に繋がるものとして期待されていますが、現実には、受託者責任に対する認識不足、費用負担の大きさ、利益相反問題などが、積極的な議決権行使を阻む要因となっています。これらを改善するため、韓国では、国家財政法や資本市場法などを通じて、機関投資家の議決権行使に関する直接的な規定を設け、法解釈を通じて受託者責任の履行を促しています。2005年の旧基金管理基本法改正では、公的年金等の株式投資が解禁され、議決権行使と内容開示が義務付けられました。2013年の資本市場法改正では、「投資者の利益保護のため、集合投資財産に属する株式の議決権を忠実に行使しなければならない」と明記され、開示規定も整備されました。さらに、2016年には「韓国版スチュワードシップ・コード」が導入され、機関投資家の責任ある行動が促されています。しかし、これらの法整備にもかかわらず、議決権行使の積極性は依然として低い水準にとどまっているのが現状です。

3. 議決権行使の開示規制 現状と課題

資本市場法は、機関投資家の議決権行使内容の開示を義務付けています。これは、市場の監視機能強化と、機関投資家の自発的な努力を促進するための重要な方策と位置付けられています。しかし、開示基準や期限については、議論の余地があります。当初、議決権開示対象法人の基準は5%または10億ウォン以上でしたが、資本市場法改正により5%または100億ウォン以上に緩和されました。さらに、開示期限も株主総会日5日前から毎年4月30日へと大幅に緩和されました。これは、資産運用業界の負担軽減を考慮した措置ですが、韓国企業支配構造院の調査によると、多くの開示が法令上の対象外で行われている現状があり、対象法人の範囲拡大の必要性が指摘されています。また、開示内容の充実度も課題であり、議決権行使の理由や判断基準などをより詳細に開示することが求められています。米国では、Form N-RXにより詳細な開示が義務付けられている点も参考として挙げられています。 韓国版スチュワードシップ・コードにおいては、全ての機関投資家への開示が求められており、法令上の基準との整合性が課題となっています。

4. 韓国版スチュワードシップ コードとESG投資

2016年12月に導入された韓国版スチュワードシップ・コードは、原則中心のアプローチ(Principle-based approach)を採用しており、機関投資家と企業間の対話促進、株主活動の信頼度向上、コード履行調査機関の役割明確化などを目指しています。韓国企業支配構造院が、コード履行の調査・点検機関として指定されています。 コード導入にあたっては、経済界から反対意見も出ていました。具体的な反対理由としては、利害関係者の意見聴取手続きの不備、企業価値向上への効果の不確実性、5%ルールの回避や内部者取引の懸念、議決権行使諮問会社の影響力拡大の可能性などが挙げられていました。しかし、近年、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資の重要性が増しており、機関投資家の議決権行使においても、ESG要素を考慮した責任投資が強く求められるようになっています。国民年金基金の議決権行使指針においても、ESG要素を考慮した責任投資が明記されています。 韓国企業支配構造院は、機関投資家に対して、議決権行使指針の策定・公表、信義誠実の原則に基づく積極的な議決権行使、そしてその内容の開示を推奨しています。

5. 議決権行使支援体制と利害関係 実務上の課題

韓国では、機関投資家の適切な議決権行使を支援するため、韓国企業支配構造院が議決権行使ガイドラインを策定し、諮問サービスを提供しています。このガイドラインは、社外取締役候補の選定基準、取締役会の構成、役員報酬開示、配当政策など、幅広い事項を網羅しています。しかし、ガイドラインは法的拘束力を持たないため、その遵守状況には課題が残ります。また、大企業との複雑な利害関係も議決権行使の妨げとなっています。多くの企業グループが、金融・保険会社への出資を通じて、複雑な所有構造を維持しており、機関投資家は、取引関係などの利害関係から、経営陣の提案に反対しにくい状況にあります。さらに、議決権行使には多くの人的・物的費用が必要となりますが、経済的利益が明確でないため、機関投資家は費用負担を避けがちです。議決権行使情報のアクセスを容易にする「議決権情報広場(VIP)」サービスが提供されていますが、その効果については継続的な検証が必要です。Shadow Voting制度廃止後も、利害相反リスクや、議決権行使の低迷といった問題が継続しています。

II.機関投資家の定義と株式市場における比重

韓国では、銀行、保険会社、資産運用会社などが機関投資家として定義されている。しかし、2013年時点での株式市場における機関投資家の比率は17.1%と低く、米国(47.1%)と比較して著しく低い。これは、安全性の高い資産への投資傾向や、優良企業の株式供給不足などが原因と考えられる。近年、資産運用産業の発展に伴い、機関投資家の比重は増加傾向にあると予想されている。

1. 韓国における機関投資家の定義

韓国において「機関投資家」の定義は、法人税法施行令、商法施行令など複数の法律にまたがり、明確な統一的な定義はありません。文書では、銀行、保険会社、与信専門金融会社、信用協同組合中央会、山林組合中央会、セマウル金庫中央会、韓国住宅金融公社、投資売買業者および投資仲介業者、総合金融会社、集合投資業者、証券金融会社などを例として挙げています。加えて、公務員年金公団、私立学校教職員年金公団、ソウルオリンピック記念国民体育振興公団などの法律によって設立された基金を管理・運用する法人、韓国教職員共済会、軍人共済会などの法律によって共済事業を営む法人なども含まれます。これらの機関は、他人の資金を運用する受託者としての役割を担っており、その責任の履行として、近年、株主としての権利行使、特に議決権行使が注目されています。機関投資家は、顧客や受益者に対して受託者責任を負う存在であり、その責任の履行として、経営陣の監視や企業の根本的な変化を促すことが期待されています。しかし、そのあり方は明確に規定されておらず、様々な解釈が存在します。

2. 韓国株式市場における機関投資家の比重と現状

2013年時点における韓国の株式市場で、機関投資家が占める割合は17.1%に過ぎず、政府および政府管理企業を除けば最も低い水準でした。これは、同時期の米国(47.1%)と比較して非常に低い数値です。この低い比率は、いくつかの要因が考えられます。一つは、多くの機関投資家が、株式よりも安全性の高い資産(例えば、債券や定期預金)への投資比率を高く維持している傾向があることです。これは、韓国の投資家の株式保有期間が比較的短いという事実と関連しており、機関投資家も短期的な視点で運用せざるを得ない状況が背景にあります。 また、韓国では上場要件が厳格なため、新規上場企業の数が少なく、投資需要を満たせる優良企業の株式供給量が不足していることも、機関投資家が株式への投資を控えめにしている要因の一つです。一部の優良上場企業においては、高い株価や自社株買い付けにより流動性が低い状態にあることも影響しています。しかし、低金利・高齢化社会の進展や資産運用産業の育成政策により、韓国の株式市場における機関投資家の比重と影響力は、今後徐々に増加すると予想されています。金融委員会も、2014年11月に発表した「株式市場の発展案」において、機関投資家の役割拡大を目指した政策を推進しています。

III.議決権行使の現状と問題点 積極性と開示規制

韓国の機関投資家は、受託者責任に対する認識不足や費用負担、利益相反問題などから、議決権行使に消極的な傾向がある。資本市場法は、機関投資家の議決権行使と内容開示を義務付けているものの、開示基準や期限については議論がある。近年、開示期限の緩和(株主総会日から5日以内→毎年4月30日)が行われたものの、議決権開示対象法人の範囲拡大の必要性が指摘されている。反対票の割合は全体的に低く、特に民間機関投資家、特に保険会社や銀行の反対票が低いことが課題として挙げられている。

1. 韓国における機関投資家の議決権行使の現状

韓国では、資本市場法の改正(2013年5月)により、機関投資家は「投資者の利益保護のため、集合投資財産に属する株式の議決権を忠実に履行しなければならない」と義務付けられました。同時に、議決権行使内容の開示も規定されました。しかし、実際には、機関投資家の議決権行使は必ずしも積極的とは言えず、様々な問題点が指摘されています。その背景には、受託者責任に対する認識不足、費用負担の大きさ、そして利益相反問題などが挙げられます。具体的には、議決権行使のための調査・分析、意思決定、開示などに多くの人的・物的資源が必要となりますが、その費用対効果が明確でないため、費用負担を避けようとする傾向が強いことが問題視されています。 また、多くの機関投資家は、半期または1年単位で市場収益率などの評価を受けているため、短期的な視点での運用に傾きがちで、投資対象企業の長期的利益を追求する姿勢が不足している傾向もみられます。 さらに、韓国独特の複雑な企業グループ間の関係も、議決権行使の積極性を阻む要因となっています。大企業グループとの所有・支配関係、取引関係などの利害関係が複雑に絡み合っているため、機関投資家は、特定企業に対して友好的な行動を取りがちで、経営陣の提案に反対しにくい状況にあると指摘されています。

2. 議決権行使内容の開示規制 現状と課題

資本市場法では、機関投資家の議決権行使内容の開示が義務付けられていますが、その基準や期限については議論があります。当初は、集合投資業者が各集合投資財産の5%以上の株式、または10億ウォン以上の株式を保有している場合にのみ、議決権行使内容の開示が義務付けられていました。しかし、上場株式数や株式型ファンドの規模拡大を考慮し、資本市場法の改正(2015年10月)により、基準は5%または100億ウォン以上に緩和されました。さらに、開示期限も株主総会日から5日以内から毎年4月30日へと大幅に緩和されました。これらの改正は、機関投資家の負担軽減を意図したものでしたが、依然として課題は残ります。 韓国企業支配構造院の調査では、法令上の開示対象法人以外の開示が90%以上を占めており、現状の基準と乖離があることが指摘されています。また、韓国版スチュワードシップ・コードでは、全ての機関投資家への開示が求められていることから、議決権開示対象法人の範囲を拡大すべきか否か、開示内容の充実度を含め、今後の議論が必要となっています。開示期限の変更は、資産運用業界の活性化に資する一方、顧客保護という観点から、開示時期の早さを求める声もあります。 株主総会開催日の2週間前に招集通知を行うという韓国の商法上の規定も、開示時期の調整を難しくしている要因の一つです。

3. 議決権行使の低迷 反対票の少なさ

議決権行使の現状分析として、議案に対する反対票の割合が全体的に低いことが指摘されています。特に、民間機関投資家、中でも保険会社や銀行の反対票の割合が非常に低調であることが問題視されています。 例えば、ある調査(表4参照)では、株主総会において1件以上反対票を投じた機関投資家は、主に資産運用会社であり、保険会社は23社中2社のみ、銀行は4社中0社でした。保険会社は資産運用者ではありませんが、委託運用会社を選定・管理する立場にあるため、運用会社の議決権行使に大きな影響力を持つ可能性があります。したがって、保険会社の反対票の少なさは、機関投資家の議決権行使強化という観点から、好ましい状況とは言えません。 反対票が少ない背景には、様々な要因が考えられますが、機関投資家の短期的な視点、費用対効果の不明確さ、そして大企業との複雑な利害関係などが、その主な要因と考えられます。 このような状況を改善するためには、機関投資家の長期的な視点の育成、議決権行使の透明性向上、そして利益相反問題の解消など、多角的な取り組みが不可欠です。

IV.韓国版スチュワードシップ コードと責任投資

2016年12月、韓国版スチュワードシップ・コードが導入された。これは、機関投資家と企業間のコミュニケーション促進、株主活動の信頼度向上、責任投資の推進などを目的とする。韓国企業支配構造院がコードの履行状況を調査する役割を担う。コード導入には経済界からの反対もあったが、ESG要素を考慮した投資の重要性が増している。

1. 韓国版スチュワードシップ コードの導入と目的

2016年12月、韓国では「韓国版スチュワードシップ・コード」が導入されました。これは、機関投資家による企業経営への関与を促進し、資本市場の健全な発展を目指すものです。コードは、原則中心のアプローチ(Principle-based approach)を採用しており、機関投資家と企業間の相互コミュニケーションの促進、機関投資家と株主活動の信頼度向上、そしてコードの履行状況の調査・点検体制の構築などを主な目的としています。具体的には、機関投資家と企業間の対話、情報開示の改善、株主提案への積極的な対応などが推奨されています。コードの履行状況の調査・点検は、韓国企業支配構造院が担うことになっています。2年周期でコードの細部内容の適正性も点検されます。 導入にあたり、経済界からは反対意見も出されました。その主な理由は、規制導入プロセスの不備、企業価値向上への効果の不確実性、5%ルール回避の可能性、議決権行使諮問会社の影響力拡大への懸念などです。 しかし、コード導入は、機関投資家の受託者責任の強化、企業の長期的な価値向上、そして資本市場全体の信頼性向上に貢献することが期待されています。

2. スチュワードシップ コードと責任投資 ESG投資 の関連性

韓国版スチュワードシップ・コードの導入背景には、責任投資、特にESG(環境、社会、ガバナンス)投資の重要性が高まっているという現状があります。国民年金基金の議決権行使指針では、「基金は、長期的、かつ安定的な収益率向上に向けて、環境、社会、企業支配構造等の責任投資の要素を考慮し、議決権を行使する」と明記されており、ESG要素を考慮した投資判断が求められています。スチュワードシップ・コードは、こうした責任投資の原則を踏まえた上で、機関投資家の行動規範を定めています。 コードでは、機関投資家は投資対象企業に対する議決権行使の指針を策定・公表し、信義誠実の原則に従って積極的に議決権を行使し、その内容を開示する必要があるとされています。これは、投資対象企業の経営陣の意思決定や行動に影響を与え、顧客が機関投資家を選択する際の重要な参考資料となるでしょう。 また、特定議案が顧客(受益者)に及ぼす影響を専門的に分析する必要性から、議決権行使に関する専門的な助言を受けることが推奨されています。 このことは、機関投資家の議決権行使が、単なる短期的な利益追求ではなく、長期的な企業価値向上、ひいては社会全体の持続可能な発展に貢献することを目指していることを示しています。

V.議決権行使の支援体制とガイドライン

韓国企業支配構造院は、機関投資家の議決権行使を支援するため、議決権行使ガイドラインを策定している。このガイドラインは、議案分析の手順や、利害関係のある企業への議決権行使に関する開示基準などを規定している。また、遵法支援人制度についても言及されている。 さらに、議決権行使に関する情報の提供を目的とした**議決権情報広場 (VIP)**サービスが運用されている。

1. 韓国企業支配構造院による議決権行使ガイドライン

韓国企業支配構造院(CGS)は、機関投資家の適切な議決権行使を支援するため、2012年3月に「CGSの議決権行使ガイドライン」を策定し、その後、2012年12月と2014年2月に改訂を行いました。このガイドラインは、議決権行使の際の判断基準や手続き、そして議案分析に関する詳細な指針を盛り込んでいます。具体的には、社外取締役候補の選定基準、取締役会の構成、役員報酬の開示、配当政策など、企業ガバナンスに関する様々な項目について、機関投資家が考慮すべき事項が示されています。 ガイドラインでは、例えば、社外取締役候補の欠格事由として、法規違反による行政・司法上の制裁、株主提案事項の不履行、重要な情報の意図的な歪曲・隠蔽などを挙げています。また、議決権行使を制限すべき例外的なケースとして、企業再生、資本調達、構造調整、上場廃止回避、株主価値を毀損しない有償減資などを挙げています。 ただし、このガイドラインは法的拘束力を持つものではなく、各企業の状況を考慮して適用されるため、その実効性については議論の余地があります。 2011年4月の商法改正で導入された遵法支援人制度との関係性についても、機能重複や関係の不明確さなど、課題が指摘されています。

2. 議決権行使諮問サービスと議案分析

韓国企業支配構造院は、2012年から機関投資家に対して議決権行使に関する諮問サービスを提供しています。これは、ガイドラインの策定と並行して行われており、機関投資家が議決権行使に関する判断を行う際の支援を目的としています。 このサービスの一環として、議案分析に関する細部指針がガイドラインに盛り込まれており、機関投資家が議決権行使の意思決定を行う際に、より客観的で専門的な分析に基づいた判断を下せるよう支援しています。 特に、利害関係を持つ投資対象企業について議決権を行使する場合、その利害関係の内容と議決権行使内容を詳細に開示することが推奨されています。これは、機関投資家の透明性を高め、顧客保護に繋がるものとして期待されています。 また、議決権行使に際しては、特定の議案が顧客に及ぼす影響を専門的に分析する必要があるため、外部専門機関からの助言を受けることが望ましいとされています。 しかし、これらの支援体制にも関わらず、機関投資家の議決権行使の積極性向上には、さらなる取り組みが必要であることが示唆されています。

3. 議決権情報広場 VIP サービス

2016年から、韓国では株主総会と機関投資家の議決権行使に関する情報を一括的に提供する「議決権情報広場(Voting Information Plaza、VIP)」サービスが開始されました。このサービスは、機関投資家の議決権行使の内訳とその理由、上場企業の株主総会関連情報、そして機関投資家の議決権行使の充実度に関する指標などを提供しています。 このサービスの目的は、機関投資家の議決権行使に関する情報へのアクセスを容易にし、市場の監視機能を強化することで、機関投資家の自発的な努力を誘導することです。 VIPサービスを通じて、過去から現在までの議決権行使の履歴、その理由、関連する企業情報などを参照できるようになり、機関投資家の行動の透明性向上に貢献すると期待されています。 ベアリング資産運用などは、ISSの推奨に従いつつ、顧客の利益に反する場合は独自の判断を行うなどの詳細な規定を設けており、VIPサービスの充実度評価でも高く評価されています。しかし、このサービスの効果や、情報提供の更なる充実、利便性向上については、継続的な検討が必要でしょう。

VI.三星物産と第一毛織の合併事例 国民年金の議決権行使

三星物産と第一毛織の合併は、議決権行使における重要な事例として挙げられている。この合併において、ISSや韓国企業支配構造院が反対を勧告したにもかかわらず、国民年金が賛成した点が批判されている。国民年金は、通常とは異なる決定プロセスを経て賛成したことが指摘されている。合併比率の問題や、外国投資ファンド(例:エリオット・マネジメント)の関与も議論の対象となった。

1. 三星物産と第一毛織の合併概要と合併比率

この事例では、三星物産と第一毛織の合併が取り上げられています。両社は、株価を基に合併比率を1:0.3500885と決定しました(三星物産株1株に対し第一毛織株0.3500885株)。具体的には、第一毛織の株価が1株あたり159,294ウォン、三星物産が55,767ウォンと算定されています。この合併比率に対して、エリオット・マネジメントは、不公正であると主張し、合併無効の訴訟を起こしました。しかし、ソウル中央地方裁判所とソウル高等裁判所は、エリオット・マネジメントの主張を退けました。この判決については、チェジュンソン氏やクォンジェヨル氏による評釈が参考文献として挙げられています。当時、韓国国内では、外国の投機資本による国内企業の経営権掌握への懸念が強くありました。しかし、エリオットやISS(Institutional Shareholder Services)の反対意見は、合併比率の不公正性に焦点を当てており、単純に外国資本による経営権の脅威と結びつけるのは適切ではないという指摘もあります。 この合併は、韓国の大企業におけるガバナンス問題、特に合併における株主利益の保護という観点から重要な事例として分析されています。

2. 国民年金の議決権行使と批判

国民年金は、ISSや韓国企業支配構造院が反対を勧告したにもかかわらず、三星物産と第一毛織の合併に賛成しました。この決定が批判の対象となっています。批判のポイントは、国民年金が慣例に反して議決権を行使した点、そして賛成の根拠を明確に示さなかった点です。通常、国民年金は基金運用本部の投資委員会の審議・議決を経て議決権行使の方向を決定し、大企業の主要案件については議決権行使専門委員会に決定を委ねるのが慣例でした。しかし、この合併は、社会的に注目を集めた大企業の主要案件であったにもかかわらず、異例的に基金運用本部の投資委員会において決定が行われました。 この事例は、国民年金のような大規模な機関投資家の議決権行使における透明性と説明責任の重要性を改めて浮き彫りにしています。また、ISSや韓国企業支配構造院といった外部機関の意見の重要性、そして機関投資家の内部における意思決定プロセスの透明性についても、改めて検討が必要であることを示唆しています。国民年金は、長期的な視点での投資判断を重視している点を強調していますが、その根拠や判断過程の開示が不十分であったことが批判の対象となっています。

VII.機関投資家の議決権行使における今後の課題

韓国における機関投資家の議決権行使の活性化には、受託者責任の強化、費用負担の軽減、利益相反問題の解消、議決権開示規制の改善などが課題として挙げられる。長期的な視点での投資判断、ESG要因の考慮、専門的な議決権行使支援体制の構築などが求められる。

1. 議決権行使の費用負担と経済的利益の不透明性

韓国の機関投資家が議決権行使に消極的な姿勢を示す要因の一つに、多大な費用負担が挙げられます。多くの議案を分析し、賛否を判断するには、専門的な知識と人員、そして時間が必要です。そのため、議決権行使に特化した専従組織の設置など、インフラ整備に多額の費用が必要となります。しかし、現状では、議決権行使による経済的利益が明確に示されていないため、機関投資家は、その費用負担を避ける傾向にあります。他の機関投資家の行使によって得られる間接的な利益を享受できるため、自ら費用を負担して積極的に行使するインセンティブが低いのです。 特に、短期的な市場収益率を重視する評価制度の下では、長期的視点に立った議決権行使は、機関投資家にとって必ずしも有利とは言えません。半期や年間の市場収益率が悪ければ、顧客からの資金集めに支障をきたす可能性があり、短期的なパフォーマンスを優先する傾向が強まるのです。 このような状況を変えるには、議決権行使による長期的な利益を明確化し、その価値を適切に評価する仕組みの構築が不可欠です。

2. 機関投資家と大企業グループ間の複雑な利害関係

韓国では、機関投資家と大企業グループとの間に、所有・支配関係や取引関係など、複雑な利害関係が絡み合っています。例えば、オーナー一家が金融・産業複合体を形成し、多数の金融・保険会社を保有し、非金融系列会社への出資を行っている事例が挙げられています(2016年7月7日、公正委員会発表)。多くの企業グループが、複雑な出資関係を通じて所有構造を維持しており、機関投資家は、こうした関係の中で、投資対象企業の経営陣と対立しにくい状況にあります。 さらに、特定の企業の退職年金商品を取り扱う機関投資家は、その受注を維持するために、当該企業に対して友好的な行動を強いられる可能性もあります。このような利害関係が、機関投資家が投資対象企業の経営陣の提案に反対する議決権を行使することを困難にしているのです。 この問題を解決するためには、利害相反の透明性を高めるための規制強化、そして機関投資家の独立性を確保するための仕組みづくりが重要になります。

3. 受託者責任の強化とESG投資の推進

機関投資家の議決権行使の活性化のためには、受託者責任の更なる強化が不可欠です。顧客(受益者)にとって最も利益になる行動をとるという意識を、機関投資家に徹底させる必要があります。そのためには、法整備による直接的な規制だけでなく、倫理的な啓発活動や、企業ガバナンスに関する教育の充実も必要です。 また、近年注目を集めているESG(環境、社会、ガバナンス)投資の観点からも、機関投資家の役割は重要です。ESG要素を考慮した責任投資は、長期的な企業価値向上に繋がるだけでなく、持続可能な社会の実現にも貢献します。機関投資家には、ESG要因を投資判断に適切に反映する能力向上と、そのための情報開示の充実が求められています。 国民年金基金の議決権行使指針では、ESG要素の考慮が明記されていますが、実際には、その実現に向けた課題も残されています。 これらの課題を克服し、機関投資家の議決権行使がより積極的に、そして責任あるものとなるよう、多角的な努力が必要とされています。