
関西IT投資:人材育成と戦略的投資
文書情報
著者 | 大阪市立大学大学院教授 中野潔氏 |
学校 | 大阪市立大学 |
専攻 | 情報科学 |
場所 | 大阪 |
文書タイプ | 調査報告書 |
言語 | Japanese |
フォーマット | |
サイズ | 8.64 MB |
概要
I.政府のIT新改革戦略と地方自治体におけるIT活用
本資料は、政府の「IT新改革戦略」と「政策パッケージ」に基づく2007年7月策定の「重点計画-2007」を分析し、特に地方電子行政サービスの高度化、ITによる生産性向上(中小企業への支援を含む)、国民の健康情報基盤構築、高度IT人材育成の重要性を指摘しています。関西2府5県の調査結果では、自治体の業務・住民サービスシステム導入率は全国平均を上回り、先進的な取り組みが多い一方で、コンプライアンス対応やIT投資効果測定の課題も明らかになっています。電子決裁や庁内ポータルサイトによる情報共有も進展しています。
1. 政府のIT新改革戦略と重点計画 2007
政府は「IT新改革戦略」と「政策パッケージ」に基づき、2010年までの目標達成を目指し、2007年7月に「重点計画-2007」を策定しました。この計画には、国と地方の包括的な電子行政サービスの実現、ITによるものづくり・サービス等の経済・産業生産性向上(特に中小企業の取組強化)、国民の健康情報を大切に活用する情報基盤の実現、高度IT人材の好循環メカニズムの形成など、12の重点施策が盛り込まれています。これらの施策は、電子政府の推進、経済活性化、国民の健康増進、そしてIT人材の育成という、日本社会全体の高度情報化社会実現に向けた取り組みを反映しています。重点計画は、具体的な施策とタイムラインを示すことで、目標達成に向けた具体的な道筋を示す重要な政策文書です。各省庁は、この重点計画に基づいて、それぞれ担当する分野における具体的な施策を実行していくことになります。
2. 関西地方自治体のIT活用状況と課題
昨年度実施された関西地方(2府5県)のIT活用実態調査では、自治体における業務・住民サービスシステムの導入率が全国平均を上回っていることが明らかになりました。多くの自治体が庁内ポータルサイトによる情報共有や電子決裁を導入し、市民向けにも特徴的なサービスを提供しています。これは、関西地方自治体が、住民サービス向上のためのIT活用において先進的な取り組みを行っていることを示しています。一方で、住民への周知不足やIT投資効果の測定困難さといった課題も指摘されています。 CIO(最高情報責任者)には市長または副市長が就任し、組織横断的な体制で情報化を推進している自治体が多いものの、効果的な情報化投資戦略を立てるためには、より精緻な効果測定手法の確立と、市民への積極的な情報発信が不可欠です。これらの課題克服は、今後の地方自治体におけるIT活用を成功させる上で重要なポイントとなります。
3. 情報セキュリティ対策とコンプライアンス
調査結果からは、IT活用が進む一方で、企業と自治体双方において情報セキュリティ対策とコンプライアンスへの対応が課題として認識されていることが明らかになりました。これは、情報化社会におけるリスク管理の重要性を示しています。 調査対象分野を拡大した結果、教育分野や医療分野、そしてIT産業全体においても、コンプライアンスへの対応が共通の課題として浮き彫りになりました。このことは、法令遵守の徹底に加え、情報セキュリティに関する意識向上のための啓発活動や、内部統制の強化、適切なリスク管理体制の構築が、すべてのセクターにおいて喫緊の課題であることを示しています。 特に、個人情報保護や情報漏洩への対策は、社会全体の信頼性を維持する上で極めて重要であり、継続的な改善と強化が求められています。
II.医療分野におけるIT化の現状と課題
医療分野では、電子カルテ導入の現状と課題、医療情報ネットワーク構築の重要性、患者情報保護の必要性などが論じられています。電子カルテ導入は診療報酬加算と絡み、目標達成を優先した面もあり、相互運用性の確保が不十分なまま進められた結果、普及が遅れていると分析されています。医療機関CIOの育成やIHE(Integrating the Healthcare Enterprise)などの標準化への取り組み、HL7やDICOMといった標準規格の活用が、シームレスな高品質治療と医療連携に必要不可欠であると強調されています。地域によっては、加古川市と加古川地区医師会による保健医療情報センターのような先進的な取り組みも見られます。
1. 電子カルテ導入の現状と課題
日本の医療IT化において、電子カルテの導入は重要な課題です。厚生労働省は平成13年12月に「保健医療分野におけるIT化の推進に関するグランドデザイン」を発表し、平成18年度までに400床以上の病院の60%以上で電子カルテ導入という目標を掲げました。しかし、この目標は政府のIT推進政策に合わせたもので、導入の目的や院内での十分な議論がなされないままに、診療報酬加算を期待して導入を急いだ病院が多かったと考えられます。莫大な導入費用に見合うだけの効果が得られるのかという疑問や、ベンダーとの間の仕様調整不足などが、導入後の課題として残っています。 電子カルテ導入の真の目的は、患者の待ち時間短縮、医療事故防止、診療の質向上など患者サービスの向上にあるべきですが、これらの効果はすぐに収益に結びつかないため、経営者側の投資意欲を高めることが重要です。
2. 医療情報ネットワークと情報共有の重要性
電子カルテ導入に加え、医療情報ネットワークの構築と医療情報の共有は、シームレスな高品質治療の提供と、役割分担に基づいた医療連携を実現するために不可欠です。しかし、従来のIT化政策では、電子カルテ導入自体が目的化され、標準化や相互運用性が不十分なまま進められたため、電子カルテの普及は進んでおらず、地域医療情報ネットワーク化も限定的な範囲にとどまっていました。 そのため、現在では標準化と相互運用性に重点を置いた地域医療情報連携の実証実験が進められています。 個人の生涯にわたる医療・健康情報のデータベース構築や、地域から国レベルまで拡大した情報ネットワークの構築には、標準化と相互運用性の確保が大きな課題となっています。加古川市と加古川地区医師会が1988年から運用している保健医療情報センターは、地域における保健・医療連携情報システムの先進的な事例として挙げられます。
3. 患者情報保護と医療機関CIOの役割
医療IT化において、患者の個人情報保護は重要な課題です。院内イントラネット内での情報共有は問題ありませんが、院外への情報伝達にはセキュリティ対策が不可欠であり、費用と手間がかかります。地域医療情報ネットワークの構築においても、個人情報保護が大きな障壁となっています。 個人情報保護対策として、医療機関で得られた情報を個人が自ら管理する方法(CDやUSBメモリなど)も考えられますが、紛失リスクがあります。 医療IT化の推進には、医療機関CIO(仮称)の育成が不可欠であり、その役割、必要な知識・資質について検討が進められています。国際医療福祉大学や京都大学などが、医療機関CIOの育成プログラムを実施しています。 これらの取り組みを通して、医療機関における情報化推進体制の構築と、個人情報保護対策の強化が求められています。
4. 医療情報技師の育成と役割
医療IT化の進展に伴い、医学と情報処理技術の両方に精通した専門家の必要性が高まっています。関西医療情報処理懇談会が中心となり育成された「医療情報技師」は、医療現場のニーズを理解し、情報システムの導入・運用を円滑に進めるための重要な役割を担っています。 医療情報技師能力検定試験の開始から5年を経て、上級試験と更新制が導入されました。これは、医療と情報分野の急速な変化に対応し、常に最新の知識・技術を持つ人材育成を目指したものです。 医療情報技師の育成においては、医学・医療系、情報処理技術系、医療情報システム系の3つの知識・技術領域と、Communication、Collaboration、Coordinationといった資質が求められています。これらの能力は、多職種が連携する病院において情報システムを円滑に運用するために不可欠です。
III.教育分野におけるICT活用と情報モラル教育
教育分野では、ICT環境整備、教員のICT指導力向上、校務のICT化、そして情報モラル教育の重要性が指摘されています。文部科学省の調査では、高速インターネット接続率やコンピュータ活用できる教員の割合が目標を下回っている現状が示され、地方公共団体における積極的な取り組みが求められています。兵庫県三木市立教育センターや兵庫県立西宮今津高等学校の情報モラル教育への取り組みが具体例として挙げられています。
1. 教育の情報化の現状と課題
教育分野におけるIT活用、すなわち教育の情報化は、ICT環境整備、教員のICT指導力向上、校務のICT化などを含む重要な課題です。文部科学省による調査(2005年度末)では、高速インターネット接続率、校内LAN整備率、コンピュータを使った指導ができる教師の割合などが、「e-Japan戦略」等の目標を下回っていることが判明しました。 この現状を踏まえ、文部科学省は「IT新改革戦略」における新たな目標設定など、更なる推進を図ろうとしており、地方公共団体における積極的な取り組みが期待されています。授業等でのIT利活用が進まない要因としては、IT環境整備状況と教員のIT活用指導力の不足が考えられます。 そのため、現状把握と課題抽出のため、先進事例のヒアリング調査などが実施されています。特に、教員のIT活用指導力の向上は、効果的なICT教育を実現するために不可欠な要素です。
2. 情報モラル教育の重要性と取り組み事例
新学習指導要領では、情報モラル教育が特に重視されています。H18年度末のICT活用指導力の自己評価集計では、「情報モラルなどを指導できる」教員は62.7%と比較的多いものの、指導事項は明確に定められていません。(社)日本教育工学振興会が公開したキックオフガイドでは、情報モラル教育の項目を①情報社会の倫理、②法の理解と遵守、③安全への知恵、④情報セキュリティ、⑤公共的なネットワーク社会の構築、の5項目に整理しています。 関西地域では、情報モラル教育に積極的に取り組む学校が多く見られます。 兵庫県三木市立教育センターでは保護者向けの啓発活動やホームページ「事例で学ぶNetモラルWeb版」の開設、兵庫県立西宮今津高等学校では情報教育と同時にモラル教育を実施し、情報モラル指定校となっています。 これらの事例は、学校における情報モラル教育の重要性を示しており、保護者を含めた継続的な啓発活動が効果的であることを示唆しています。
3. 学校における情報セキュリティ対策
学校における情報セキュリティ対策として、教員用PCの1人1台整備が進んでいる学校では、私用PCの持ち込み禁止や、データのサーバー保管徹底などの対策が実施されています。京田辺市では、校長・教頭用を除く教員用PCにおいて、外部記憶装置へのデータ書き出しをロックする厳重な管理が行われています。京都府では、PCの学校外持ち出しを完全に禁止するのではなく、持ち出し時にセキュリティ対策用ソフトウェアをインストールすることで、データ持ち出しのリスクに対する意識付けを図る計画を立てています。 これらの事例は、学校における情報セキュリティ対策の多様性と、教員や生徒の意識向上を促すための様々なアプローチを示しています。 情報セキュリティ対策は、個人情報の保護や情報漏洩の防止という観点からも極めて重要であり、継続的な見直しと改善が不可欠です。
4. デジタル ポートフォリオの活用
学習内容の記録と振り返りを促進するため、デジタル・ポートフォリオの活用が推奨されています。デジタル・ポートフォリオは、制作物や活動の様子を写真や動画などを含めて一元的に管理でき、保管場所を取らないという利点があります。特に、総合的な学習の時間など、複雑な課題に長期的に取り組む場合、学習成果を様々な観点から評価するために有用です。 デジタル・ポートフォリオは、学習履歴を豊富に残すことで、生徒自身の学習の振り返りを促し、自己評価能力の向上に繋がる可能性があります。 また、教員にとっても、生徒の学習状況を多角的に把握するための有効なツールとなるでしょう。
IV.企業におけるIT活用とインターネット営業の成功事例
企業事例として、インターネット営業による成功事例が紹介されています。株式会社中田製作所は、技術動画配信を中心としたホームページを開設することで、新規案件の受注を全てホームページ経由で行うようになりました。また、別の企業では、顧客対応を効率化することで、開設1年半で事業を軌道に乗せ、ネット営業売上高を全体の約20%にまで伸ばしています。これらの事例は、企業競争力強化のためにIT経営の確立が重要であることを示唆しています。一方、多くの企業で内部統制の確立が課題となっており、情報セキュリティガバナンスの構築が求められています。
1. インターネット営業による成功事例
本資料では、インターネット営業の成功事例が2つ紹介されています。1つ目の事例は、オーダーメイド製品の受注において、メール対応の迅速化、図面による製品仕様の明確化、YES/NO形式の質問による効率的なやり取りを行うことで、開設1年半で事業を軌道に乗せ、ネット営業売上高を全体の約20%、新規顧客のほぼ100%をネット経由で獲得した企業の事例です。これは、迅速なコミュニケーションと顧客ニーズの的確な把握が、インターネット営業成功の鍵であることを示しています。 もう1つの事例は、株式会社中田製作所です。同社は、極微小径穴加工技術や微細溝加工技術といった独自の技術を動画で紹介するホームページを立ち上げました。その結果、大手企業からの新技術開発案件の相談が増加し、メディアにも多数取り上げられ、新規案件は全てホームページ経由で受注するまでに至りました。これは、企業の強みを効果的にアピールするための情報発信戦略の重要性を示しています。
2. 企業におけるIT活用と内部統制の課題
多くの企業において、内部統制の確立が課題となっています。資料では、内部統制に関する様々な課題が列挙されています。具体的には、社内の認識が低いこと、業務プロセスの見直しや情報システム改修の負荷が高いこと、費用・人員不足、チェック増加による業務効率低下、関連管理部門の役割・権限不明瞭、求められる統制レベルの不明瞭さ、手作業による統制の多さ、子会社・関連会社・アウトソーシング先への適用が進まないこと、現場との情報共有不足、IT部門のコミットメント不足、グループ全体の方針策定の遅れ、CEOやCIOの認識不足、リスクマネジメントとの両立の困難さ、企業間連携システムへの対応不足などが挙げられています。 これらの課題は、企業規模や業種を問わず、多くの企業が抱える共通の課題であると言えるでしょう。 これらの課題を克服するには、経営層からの強いリーダーシップによる意識改革、IT部門の積極的な関与、適切な人材・資源の確保、そして業務プロセスの見直しとシステム改修が不可欠です。